北京のアート展が問いかける「死」—2025年、タブーをほどく静かな試み video poster
2025年の中国本土では、死について語ることをためらう空気が残る中、北京で6月に開幕したアート展が「沈黙」を少しずつほどき始めています。展示は、死を恐れの対象として遠ざけるのではなく、日常の延長として見つめ直す場をつくろうとしています。
北京で開幕した「死を生活に戻す」展示
話題となっているのは、2025年6月28日に北京で開幕したアート展「Bring Death Back into Life(死を生活に戻す)」です。現代の中国本土では、家族の間でも公の場でも、死は“触れにくい話題”として扱われがちだとされます。そうした空気の中で、この展示は「語るための入口」を提示しました。
清華大学の研究者が語る「死は多面的」
CGTNの番組「Health Talk」は、この展示の学術アドバイザーを務める清華大学・社会科学学院の教授、景軍(Jing Jun)氏に話を聞いています。景氏は「死は多面的だ」と述べ、恐ろしく痛みを伴う側面がある一方で、別の形で人を支えることもあると示しました。
12歳の角膜提供が示した“別のケア”
景氏が紹介した例のひとつが、12歳の子どもが角膜を提供し、ほかの子どもたちが「自分の代わりに世界を見続けられるようにしたい」と願ったという話です。死が「終わり」だけでなく、誰かの生活に“光を残す行為”にもなりうることを、端的に映し出します。
「リバース・ケア(reverse care)」という視点
景氏は、終末期にある人が、むしろ周囲の人を気遣い、慰め、支えることがある現象を「リバース・ケア(reverse care)」として語っています。一般にケアは“与える側”と“受ける側”に分けて考えられがちですが、人生の終盤ではその境界が揺らぐことがあります。
- 本人が家族を安心させようとする
- 別れの準備を通じて周囲の生活を整える
- 寄付や提供など、未来へつなぐ選択をする
こうした行為は、死を「個人の出来事」ではなく、人と人の関係の中で起きる出来事として捉え直す手がかりにもなります。
涙する来場者—「黙らない」ことのハードル
景氏によれば、展示では涙を流す来場者も見られたといいます。言葉にしづらい感情を抱えたまま日常に戻るのではなく、展示という安全な場でいったん立ち止まり、死と向き合う。来場するという行為そのものが、死について「黙る」ことへの小さな抵抗になっている、という見方も提示されました。
なぜ今、死を語る場が注目されるのか
死は医療や介護の現場だけのテーマではなく、家族の会話、本人の意思、そして社会の価値観にも関わります。アート展のような形式は、正解を押しつけず、各人の経験や記憶を手がかりに考えられる点が特徴です。
年末を迎えたいま(2025年12月)、このニュースが静かに響くのは、人生の節目を意識しやすい時期でもあるからかもしれません。語りにくい話題ほど、誰かが最初の扉を開けることで、次の会話が生まれていきます。
考えるきっかけ:もし身近な人が「死」について話し始めたとき、結論を急がず、まず“聞く時間”をつくれるでしょうか。
Reference(s):
cgtn.com








