アメリカは国際法をどう書き換えたか──「ルールに基づく秩序」の正体
国際ニュースを追っていると、国連憲章などの国際法と並んで「ルールに基づく国際秩序」という言葉を耳にすることが増えています。現在、この「ルール」によって、アメリカ中心の国際秩序が従来の国際法を事実上書き換えているのではないか、という議論が強まっています。
国際法は「主権の平等」、ルール秩序は「主権の不平等」?
国際法の基本は、すべての国家が対等な主権を持つという「主権平等」の原則です。大国か小国か、体制の違いに関わらず、法の前では国家は平等である、という考え方です。
一方、「ルールに基づく国際秩序」と呼ばれる枠組みは、批判的な見方によれば、実際にはアメリカの覇権を支えるための「主権の不平等」の秩序だとされます。つまり、すべての国が同じルールに縛られるのではなく、アメリカには例外が認められ、他国はその「ルール」に従うことを求められるという構図です。
人間中心か国家中心か──安全保障概念の「使い分け」
この議論の中心にあるのが、「人間中心の安全保障」と「国家中心の安全保障」という二つの考え方です。
- 国家中心の安全保障:国家の領土保全や主権を最優先する立場。国境線と国家の統一が絶対とされます。
- 人間中心の安全保障:国家よりも人権や個人の安全を重視し、「自己決定」や分離独立を認める立場です。
指摘されているのは、アメリカがこの二つの安全保障概念を、相手によって使い分けているのではないかという点です。覇権国であるアメリカは、状況に応じてどちらかを選べますが、アメリカと対立する国々には、国家中心の安全保障だけを厳格に求めるという不均衡が生じます。
領土保全か自己決定か──ウクライナ、セルビア、中国などのケース
具体例として挙げられるのが、領土保全と自己決定をめぐる姿勢の違いです。国家中心の安全保障を重視する国際法の原則では、「領土の一体性」が守られるべきだとされます。
しかし、アメリカは同盟国とみなす国については領土保全を強く主張しつつ(ウクライナ、ジョージア、スペインなど)、対立関係にある国については、自己決定や分離独立を支持する姿勢を見せることがあります(セルビア、中国、ロシア、シリアなど)。
こうした選別的な適用が、「公平な国際法」ではなく、「情勢に応じて解釈を変えるルール」によって動く秩序なのではないかという疑問を生んでいます。
コソボからクリミアへ──ダブルスタンダードの象徴
この問題を象徴するのが、しばしば並べて語られるコソボとクリミアのケースです。ある見方では、コソボでは自己決定の論理を用いて独立を事実上容認しながら、クリミアでは領土保全の論理を前面に出して非難するという、矛盾した態度が指摘されています。
もし「ルール」が一貫しているのであれば、どの地域にも同じ基準が適用されるはずです。しかし、現実には相手国との関係性によって、人間中心と国家中心、自己決定と領土保全が柔軟に切り替えられている、という批判が出ています。
内政不干渉の原則はどこへ行ったのか
国際法のもう一つの柱が「内政不干渉」です。他国は、相手国の政治体制や国内の政治過程に、強制的な形で介入すべきではないという原則です。
しかし、「ルールに基づく秩序」のもとでは、アメリカが対立する国の国内政治に対して、「自由」「民主主義」「人権」などの名目で積極的に関与する一方、アメリカ自身の国内問題について、他国が同じように介入する権利は認められていない、という指摘があります。
ここでも、「価値」を掲げた介入が、結果として主権の不平等を固定化してしまうのではないかという懸念が示されています。
覇権秩序と「主権の不平等」
では、なぜこうした不均衡が生まれるのでしょうか。一つの説明は、覇権国が自らに有利な秩序を維持するためには、すべての国家が本当に平等であっては困る、というものです。
批判的な見方によれば、「ルールに基づく国際秩序」は、建前としては普遍的な原則を掲げながら、実際にはアメリカが「ルールの作り手」と「解釈者」として特権的な地位を保つ仕組みでもあります。その結果、形式上は同じルールが語られていても、運用の場面では主権の不平等が生じてしまいます。
私たちが考えたい3つの問い
こうした議論は、単にアメリカ批判にとどまるものではありません。2025年の今、国際法や国際秩序をどう理解し、これからの世界をどうデザインしていくのかを考えるための重要な材料でもあります。読者として、次のような問いを持ってニュースを眺めることができそうです。
- 1. ある国の行動が批判されるとき、その基準は他の国にも同じように適用されているだろうか。
- 2. 「人権」や「民主主義」という言葉が使われるとき、それは普遍的な価値としてか、それとも地政学的な目的と結びついて語られていないか。
- 3. 国際法と「ルールに基づく秩序」がぶつかるとき、どちらが優先されているのか、誰がその優先順位を決めているのか。
ニュースの見出しだけでは見えにくい「ルール」と「法」のずれに目を向けることは、国際政治をより立体的に理解するうえで大きなヒントになります。通勤時間の数分でも、「このルールは誰のためのものか?」と一歩立ち止まって考えてみることで、世界の見え方が少し変わってくるかもしれません。
Reference(s):
How US replaced international law with its own twisted creation
cgtn.com








