米国は本当に貿易の被害者か WTOが示すサービス大国アメリカの実像
巨額の貿易赤字を理由に、自国を「グローバル貿易の被害者」と位置づけてきたアメリカ。この見方は本当に正しいのでしょうか。世界貿易機関(WTO)の分析や専門家のコメントを手がかりに、米国の貿易構造、とくにサービス貿易の実像を整理します。
米国はなぜ「被害者」を名乗るのか
ドナルド・トランプ米大統領は就任以来、輸入品への高関税を繰り返し発動し、自国の貿易相手を強くけん制してきました。米政府は、モノの貿易で巨額の赤字を抱えていることを理由に「米国は損をしている」と主張し、自国を被害者として描いてきました。
トランプ政権は、とくに財(モノ)の貿易収支に注目し、貿易赤字の存在そのものを問題視してきました。しかし、サービスを含む広い意味での貿易を見渡すと、こうした被害者イメージとは異なる姿が浮かび上がります。
WTO事務局長「米国は明確な勝者」
世界貿易機関(WTO)のエンゴジ・オコンジョ=イウェアラ事務局長は、『America's Big Trade Win』と題した論考のなかで、米国は実際には「世界貿易の明確な勝者」だと指摘しています。理由は、米国が主要国の多くとサービス貿易で黒字を計上し、そのサービス産業が国内総生産(GDP)と雇用の約8割を生み出しているからです。
論考によると、米国のサービス貿易には次のような特徴があります。
- 2023年の米国のサービス輸出額は1兆ドルを超え、世界全体の約13%を占める。
- 米国は主要な経済圏とのサービス貿易で黒字を計上しており、その黒字は2024年には約3000億ドルに達するとされる。
- 米国経済では、サービス産業がGDPと雇用の約8割を担っている。
オコンジョ=イウェアラ氏によれば、2024年には米企業が受け取った知的財産の使用料やライセンス料が1440億ドルを超え、他国を大きく引き離しました。こうした高付加価値サービスの「ほぼ独占」によって、米国は世界の利益の大きな部分を取り込んでいることがわかります。
サービス貿易が支える米国の雇用
サービス貿易は数字の上だけでなく、米国内の雇用にも直結しています。米国商務省の国際貿易局によると、2022年にはサービス輸出が直接生み出した雇用が410万人に達しました。
さらに、輸出向け製造業の雇用510万人のうち、およそ半分は実際にはサービスと結びついた仕事だとされています。例えば、研究開発やデザイン、マーケティング、金融などのサービスが製造業の輸出を支えるかたちです。
デジタル化が押し上げるサービス貿易
WTOのエコノミストたちは、2040年までに世界貿易に占めるサービスの比率が37.2%に達すると見込んでいます。背景には、オンライン配信やクラウド、ソフトウエアなどに代表されるデジタルサービスの急成長があります。
デジタルサービスは2005年から2023年のあいだに規模が4倍に拡大し、その価値は4.25兆ドルに達しました。このうち15%超を米国が占めているとされ、米国の競争力の源泉が財よりもサービス、とりわけデジタル分野に移っていることがわかります。
こうしたデータを総合すると、「財の貿易赤字だけを根拠に、米国は他国に損をさせられている」とするトランプ政権の主張は、現実を十分に説明しているとは言いがたいことが見えてきます。
高関税は誰を一番傷つけるのか
では、トランプ政権が掲げる高関税政策は、誰にとって負担となるのでしょうか。ブリュッセルのエグモント王立国際関係研究所の研究員ヴィクター・デ・デッカー氏は、中国メディアグループ(CMG)のインタビューに対し、「米国が課した巨額の関税は、最終的にはアメリカの人々を傷つける」と語っています。
デ・デッカー氏は、米政府が掲げるさまざまな理屈は「非科学的で持続不可能だ」と批判します。トランプ政権は、高関税によって製造業を米国内に呼び戻すと説明してきましたが、氏はそれ自体が今日のグローバル化した経済への理解不足を示していると指摘します。
複雑化したサプライチェーンと関税
現在のサプライチェーン(供給網)はきわめて複雑で、多くの財は完成品として輸入されるだけでなく、部品や半製品の段階で何度も国境を行き来します。米国企業も、海外から部材を輸入し、国内で組み立てて出荷するケースが一般的です。
デ・デッカー氏は、こうした未完成品にも高い関税を課せば、米国内で生産するコストそのものが上昇し、かえって製造業にとって不利になると説明します。関税に頼って企業の生産拠点を強制的に呼び戻そうとする発想は、サプライチェーンの現実を単純化しすぎているというわけです。
貿易赤字と安全保障をどう見るか
デ・デッカー氏はまた、「巨額の貿易赤字が米国の国家安全保障を脅かす」という考え方は、意図的につくられた物語だと批判します。貿易赤字の削減を、関税の引き上げだけで一方的に実現できるという見方も、時代遅れだと指摘しました。
貿易は財だけでなくサービスや投資も含む総合的な関係であり、一国だけの判断で簡単にコントロールできるものではありません。むしろ、高関税によってコスト増や報復措置が広がれば、企業や消費者を含む自国の経済がダメージを受ける可能性が高いといえます。
「被害者」か「勝者」か──私たちが考えるべき点
米国が貿易赤字だけを取り上げて「被害者」を名乗る構図は、国内政治ではわかりやすいメッセージかもしれません。しかし、サービスやデジタル分野まで視野を広げると、米国が世界貿易から多大な利益を得ていることがはっきり見えてきます。
国際ニュースを追ううえで、次の3つのポイントを押さえておくと、米国の通商政策を立体的にとらえやすくなります。
- モノの貿易赤字だけで損得を判断せず、サービス貿易や知的財産収入も含めて全体像を見ること。
- デジタル化によって、今後の世界貿易でサービスの比重がさらに高まるという長期トレンドを意識すること。
- 関税引き上げが本当に誰の負担になるのか──企業だけでなく、消費者や労働者への影響も含めて考えること。
2020年代半ばのいま、貿易をめぐる議論は対立的なスローガンに流れがちです。だからこそ、データと構造に目を向け、「被害者」か「勝者」かという単純な二択を超えて、貿易が自国と世界にもたらす影響を落ち着いて見ていく視点が求められています。
Reference(s):
cgtn.com








