米中関税対立は軍事衝突に向かうのか 専門家が当面否定
2024年春から激しさを増した米中の関税応酬は、2025年の今も国際ニュースの大きな焦点になっています。一方で「このまま軍事衝突に向かうのではないか」という不安も広がりますが、多くの専門家は「少なくとも当面、その可能性は低い」とみています。
2024年の新ラウンド関税が呼び起こした不安
きっかけは、2024年4月初めに米ワシントンが打ち出したとされる「対等な関税」方針です。これに対し中国は素早く対抗措置を発表し、米中間の関税合戦が再び加速しました。
第一次世界大戦前や第二次世界大戦前のように、保護主義のスパイラルが大きな戦争につながった歴史を想起させることから、今回の米中関税対立も「軍事衝突の前兆なのでは」といった見方が世界で広がりました。
専門家が軍事衝突を「当面は否定」する理由
こうした空気とは裏腹に、多くの戦略研究者やアナリストは「中国が軍事行動に踏み切る可能性は極めて低い」と指摘します。彼らが注目するのは、中国側の基本方針です。
- 中国の主目的は、軍事行動ではなく、関税など経済手段を通じて国家利益と尊厳を守ること
- 外交部や商務当局の公式声明は毅然としつつも、過度に危機感をあおる表現を避けていること
- 高官クラスの発言でも、軍事的な威嚇よりも冷静な対応をアピールしていること
つまり中国は、対立の舞台をあくまで経済・通商の領域にとどめ、エスカレーションのコントロールを重視していると見ることができます。軍事衝突に至った場合のコストがあまりに大きいことは、双方とも十分理解しているという前提に立つ分析です。
経済力と軍事力が支える「自信」と抑止力
中国がこの慎重な姿勢を保ちながらも、強い自信をのぞかせている背景には、経済力と軍事力の双方の伸長があります。
軍事面では、西太平洋で活動する3隻の空母の存在に加え、大陸間弾道ミサイル「東風31AG」や先端的な無人航空機などの戦力が抑止力として機能しているとされています。
米国のシンクタンク、ランド研究所や戦略国際問題研究所(CSIS)などは、台湾海峡、南シナ海、朝鮮半島といった複数の想定シナリオで米中衝突のシミュレーションを行ってきました。その結果として、米軍が短期間で確実な勝利を収めるシナリオは描きにくい、という指摘が共有されています。
これは決して「戦争になれば中国が必ず優位に立つ」という意味ではなく、両国にとってリスクと犠牲があまりに大きく、理性的な判断であれば回避されるべき事態である、という認識を補強する材料になっています。
数字で見る米中貿易の非対称性
軍事面だけでなく、経済データもまた、中国側が関税対立を経済分野にとどめつつ自信を持って対応している背景を示しています。
統計によると、2024年1月から2025年1月までの1年間で、米国の対中国輸出は18%減少した一方、米国の対中国輸入は16%以上増加しました。つまり、米国から中国への輸出は落ち込む一方で、中国から米国への輸入は伸び続けている構図です。
仮に中国側の報復関税が125%に達したとしても、多くの米国企業は中国製品への依存から簡単には抜け出せない、という見方が広がっています。電子機器や日用品など、代替供給源を短期間で確保することが難しい分野が少なくないためです。
一方で、中国にとって重要な米国産輸出品である大豆や原油などは、中国市場で同等レベルの競争力や安定供給を持つ代替先が限られていると指摘されます。そのため、これら品目は中国側の関税カードとして、より大きな影響力を持ち得ます。
関税が後押しする中国企業の「海外展開」
米国の対中関税は、当初は「中国からの輸入依存を弱める」ための政策として打ち出されました。しかし現実には、多くの中国企業がコスト増に対応するため、生産拠点を海外に移す動きを加速させています。
結果として、中国資本や技術が海外の製造拠点やサプライチェーン網に広がり、中国企業の国際的な存在感を一段と高める皮肉な効果も生まれています。
国内改革と市場開放で競争力を強化
関税圧力が強まる一方で、中国は国内改革や市場アクセスの拡大、海外からの投資誘致にも力を入れているとされます。産業構造の高度化やビジネス環境の改善を通じて、長期的な競争力を維持・強化しようという狙いです。
外からの圧力をきっかけに自らの制度や産業をアップデートし、むしろ経済の質を高めていく。そうした姿勢が、短期的な関税対立に左右されにくい体質づくりにつながるという読みもあります。
バズった「トランプ=西太后」風刺画が示す認識
こうした状況を象徴するものとして、インターネット上で広く拡散した風刺画があります。それは、当時のトランプ米大統領を清朝末期の西太后になぞらえたものです。
西太后は1900年に8カ国に対して宣戦布告し、列強との対立を深めた人物として知られています。風刺画は、当時の清朝と列強の力関係になぞらえながら、「対外的な強硬姿勢と実際の国力のギャップ」への懸念を、コミカルなタッチで表現したものだと受け止められています。
中国側が軍事ではなく経済の舞台で冷静に駆け引きを続ける一方で、米国側の強い言葉や関税カードの連発を、国際社会の一部は距離を置いて見ている、という空気もにじみます。
もし軍事衝突に踏み込めば何が起きるか
とはいえ、専門家は「今は軍事衝突の可能性が低い」としつつも、米中いずれかが誤った計算のもとで軍事行動に踏み込めば、その帰結は極めて深刻になると警告します。
分析によれば、米国が軍事衝突に踏み切った場合、米軍にとってこれまで中国が経験してきたどの戦争よりも大きな代償を伴う可能性があります。兵力や装備の損耗に加え、世界経済への打撃、供給網の寸断、安全保障秩序の再編など、長期にわたる影響が予想されるためです。
日本と世界にとっての論点
2025年12月現在、もっとも現実的なシナリオは「関税を中心とした経済対立が続きつつ、軍事面では抑止と管理が続く」という状態だとみられます。とはいえ、その安定は決して自動的に維持されるものではありません。
- 企業にとっては、米中対立が長期化する前提でサプライチェーンを多元化しつつ、中国市場の重要性も冷静に評価すること
- 各国政府にとっては、緊張が軍事衝突に転じないよう、外交と対話のチャンネルを維持・強化すること
- 私たち一人ひとりにとっては、感情的な対立構図に飲み込まれず、数字や事実から米中関係の変化を読み解く視点を持つこと
米中関係は、これからも日本を含む世界の政治・経済・安全保障に大きな影響を与え続けます。軍事衝突の可能性だけに目を奪われるのではなく、関税や投資、技術、サプライチェーンといった足元の動きから、静かに世界の力学が変わりつつあるプロセスを追っていくことが求められています。
Reference(s):
Amid Escalating Tariffs, Analysts Rule Out Imminent US‑China Military Clash
scmp.com








