タイと日本、米国関税圧力に慎重 トランプ政権の通商戦略に揺れるアジア
タイが米国との関税交渉をいったん延期したことは、日本が米国の要求に簡単には応じない姿勢を鮮明にした動きと重なり、2025年の米国通商政策をめぐる緊張を象徴する出来事となりました。本稿では、この一連の動きを整理し、アジアと世界の通商にとって何を意味するのかを解説します。
タイ、米国との関税交渉を延期 背景に36%関税リスク
タイのペートンターン・シナワト首相は火曜日、米国との関税協議が延期されたと明らかにしました。米側から「主要論点の再検討」を求められたことが理由で、当初は2025年4月23日に予定されていた会合の新たな日程が調整されているとしています。
シナワト首相は「わたしたちは決して対応が遅いわけではなく、適切な形で関税を見直すための検討を進めている」と述べ、タイ産農産物の輸出や追加輸入の在り方も議題になっていると説明しました。また、学識経験者や関係者と幅広く協議し、農業分野の利益を最大限守りながら、互いに利益となる交渉を目指すと強調しました。
タイのピチャイ・チュンハワチラ財務相は、本来ワシントンでの協議に出席する予定でしたが、延期を受けて現時点で訪米計画はないと表明。当時も、実務者レベルでのやり取りは続いていると述べていました。
米国は2024年、タイにとって最大の輸出先で、全輸出の18.3%にあたる549.6億ドルを占めました。米政府は自国の対タイ貿易赤字が456億ドルに達すると試算しており、この不均衡は交渉の重要テーマとなっています。
36%関税のリスク タイ農業が直面した試練
シナワト首相によると、タイが協議で十分な譲歩を引き出せなければ、トランプ大統領が打ち出した高関税措置により、最大36%の関税が課される可能性がありました。これは、世界的な関税の猶予措置が2025年7月に期限を迎える前に、米国と合意に達しなければ発動される仕組みで、東南アジア諸国の中でもタイは特に大きな打撃を受けるとみられていました。
実際、タイ米輸出協会によると、こうした通商不安の影響もあり、年初の第1四半期にはコメ輸出が前年比30%減少。年間輸出見通し750万トンを下回る可能性も指摘されていました。
- 対米輸出シェア:18.3%(2024年)
- 米国の対タイ貿易赤字:456億ドル
- 想定される追加関税:最大36%
- タイ米輸出:第1四半期に30%減
タイにとって米国市場は極めて重要である一方、高関税を受け入れれば農業や輸出産業の打撃は避けられません。交渉の先送りは、時間を稼ぎつつ自国にとって最適な着地点を探る試みとも言えます。
日本「全ての要求には応じない」 石破首相が強調
一方、日本の石破茂首相は月曜日の国会答弁で、米国との通商協議をめぐり「米国の全ての要求に応じることはできない」と述べ、国益を守る姿勢を明確にしました。
石破首相は、2019年に米国と結んだ2国間の貿易協定について「破棄する考えはない」としつつ、自動車への最新の関税措置が同協定と整合的かどうかに深刻な懸念を示しました。
2019年日米合意と自動車関税の矛盾
トランプ大統領の最初の任期である2019年、日米両国は2国間の貿易協定に署名しました。そこでは、米国産農産物や日本の工作機械などの関税が引き下げられる一方、日本車への追加関税は回避されました。
この合意は自動車貿易自体を対象としていなかったものの、当時の安倍晋三首相は、トランプ氏から日本車に対して安全保障上の「232条」を理由にした新たな関税は課さないとの確約を得たと説明していました。安倍氏は署名後の記者会見で「トランプ大統領と私の間で、これ以上の追加関税は課されないことを固く確認した」と述べています。
しかし、その後発表された最新の自動車関税では、日本は対象外とはならず、米国への全ての自動車輸入に一律25%の関税が課されることになりました。石破首相は国会で、この措置と2019年の合意との整合性について「深刻な懸念」を抱いていると述べています。
さらに、トランプ大統領は日本からの輸出全体に対して24%の関税を課しました。当時、多くの品目ではこれらの上乗せ分が2025年7月初めまで一時停止されていましたが、10%の一律関税と、自動車に対する25%の関税は継続して課されていました。自動車は日本の輸出主力産業の一つだけに、日本国内の産業界にも不安が広がりました。
為替と非関税障壁も焦点に
こうした状況のなか、日本側の通商当局は米国との再交渉に乗り出しました。日本の通商交渉トップである赤沢亮正氏は、先週ワシントンを訪れ、非関税障壁や為替問題を含む2国間協議を立ち上げました。
加藤勝信財務相も同じ週の後半にワシントンを訪問し、スコット・ベセント米財務長官と為替をめぐる協議を行う予定だとされていました。
当時、外国為替市場では、ドル円相場が1ドル=140.615円と約7カ月ぶりのドル安・円高水準をつけました。市場では、日本が米国から円高方向への誘導、すなわち日本側が円を支えるよう圧力を受けるのではないかとの観測がくすぶっていました。これは、巨額の対日貿易赤字の縮小を狙う米国の思惑と重ねて受け止められています。
タイと日本、共通する「譲れない一線」
タイと日本というアジアの主要輸出国が、いずれも米国の要求に対して慎重な姿勢を示したことは、トランプ政権の高関税戦略が、同盟国や重要な貿易相手にも大きな負担を強いている現実を映し出しました。
両国の対応には共通点も見られます。
- タイ:農業分野、とくにコメなどの輸出を守るため、協議を延期して時間を確保しつつ、関税や輸入拡大策を自国に有利な形で調整しようとしました。
- 日本:既存の2019年合意を盾に、自動車関税の見直しを求める一方、「国益を守る」という大義名分の下で、米側の全ての要求には応じない方針を打ち出しました。
米国側から見れば、高関税をテコに貿易赤字の縮小と市場アクセスの拡大を狙う戦略ですが、相手国の政治・経済に与えるインパクトも大きく、短期間での全面合意は難しいことが改めて浮き彫りになったと言えます。
今後の焦点と私たちへの影響
2025年の通商摩擦の動きを振り返ると、関税という一つの政策手段が、為替や農業政策、国内産業の構造問題など、さまざまな論点と絡み合っていることが見えてきます。
今後も注目したいポイントとして、次のような点が挙げられます。
- タイと米国が、農産物や輸入拡大をめぐる条件でどこまで歩み寄れるか。
- 日米間で、自動車関税と2019年合意の整合性をどう整理し直すのか。
- 為替協議が、円相場や日本企業の輸出戦略にどの程度の影響を与えるか。
日本に住む私たちにとっても、米国の関税政策は決して遠い世界の話ではありません。自動車や電機といった日本の輸出産業の採算や投資判断に影響すれば、雇用や賃金、株価を通じて生活にも波及します。また、タイなどからの農産物の流れが変われば、食卓に並ぶ輸入食品の価格にも影響が出る可能性があります。
関税は数字の問題であると同時に、国家間の力学や国内政治が交差するテーマでもあります。ニュースの見出しの裏側で何が争点となっているのか、今回のタイと日本の動きを手がかりに、引き続き冷静に追いかけていきたいところです。
Reference(s):
Thailand delays tariff negotiations with U.S. as Japan won't concede
cgtn.com








