米中貿易戦争はなぜ「的外れ」なのか——赤字とテクノロジー覇権を読み解く
米中貿易戦争はなぜ長期化し、出口が見えないのでしょうか。ある論考は、アメリカの対中戦略は貿易赤字という「数字」にとらわれるあまり、ドル基軸通貨体制やテクノロジー覇権といった構造的な問題を見誤っていると指摘します。本稿では、その主張を手がかりに、現在の米中関係を読み解きます。
米中貿易戦争は「ゴドー待ち」?
論考は、アイルランド出身の作家サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』をたとえに使います。作品の中で、登場人物のウラジーミルとエストラゴンは、決して現れないゴドーを延々と待ち続けます。希望と徒労が入り混じる不条理劇です。
この構図は、米中貿易戦争の行き詰まりと重ねられます。舞台の主役はワシントンとウォール街。両者は、市場の反応や政治的なシグナルを気にしながら、関税や交渉の行方について語り合い続けます。一方、中国は、劇中のゴドーのように、遠く、寡黙で、つかみどころのない存在として描かれます。
しかし、この「待つ」状態は、単なる外交上の膠着ではなく、そもそもの問題設定が誤っていることの帰結だと論考は見ます。
「対中赤字」という罪と罰の物語
アメリカは、対外貿易赤字を一種の世俗的な罪としてとらえ、その中でも対中赤字を最大の問題とみなしがちです。その結果、中国は赤字を生み出す「違反者」として位置づけられ、報復は「是正」の名のもとに正当化されます。
しかし、この物語には、いくつかの前提上の問題があると指摘されます。論考が強調するポイントは次の通りです。
- ドルが世界の基軸通貨であるかぎり、アメリカは慢性的な貿易赤字を抱えやすい構造にあること。
- 製造業の海外移転は、企業が利潤を最大化するために選んだ戦略であり、特定の国の不正行為だけで説明できないこと。
- 知的財産をめぐる対立は、単なる盗用かどうかの問題ではなく、多極化した世界で誰がテクノロジー発展のルールを決めるのかという争いでもあること。
それでもなお、貿易赤字という数字が「罪」の象徴として語られ続けることで、対中強硬策が政治的に正当化されやすくなっているという見立てです。
2018年から続く「戦略的デカップリング」
論考によれば、2018年にトランプ政権が最初の対中貿易戦争を仕掛けて以来、アメリカの対中政策の底流には共通した発想があります。それは、中国の台頭を国際秩序からの「逸脱」とみなし、是正すべき異常事態ととらえる見方です。
その文脈で、アメリカ側は中国に対して、例えば次のような批判を繰り返してきたと整理されています。
- 通貨の操作による不公正な競争
- 知的財産の不正な取得や技術移転の強要
- 政府補助金を通じた企業への優遇
- 国際貿易ルールに反するとされるさまざまな慣行
こうした主張は、多くの場合、国家間の収支バランス、すなわち貿易赤字や資本収支の数字を根拠として語られます。論考は、このような「国民経済計算」に依拠した発想こそが、問題の本質を見えにくくしていると指摘します。
数字の陰に隠れた構造的な要因
では、その本質とは何でしょうか。論考は、次の三つの構造的要因に光を当てています。
ドル基軸通貨体制と恒常的な赤字
第一に、ドルが国際決済や外貨準備の中心となってきた事実です。世界がドルを必要とするかぎり、アメリカからは常にドルや資本が海外へ流出し、その裏返しとして貿易赤字が積み上がりやすくなります。
この視点に立つと、アメリカの貿易赤字は単純な「失敗」ではなく、むしろ世界経済をドルで回してきた構造の一部と見ることができます。赤字だけを切り取って特定の国を責めても、構造そのものは変わりません。
企業のグローバル戦略としてのオフショアリング
第二に、オフショアリングと呼ばれる生産拠点の海外移転です。多国籍企業は、人件費や税制、市場アクセスなどを総合的に勘案して生産ネットワークを組み立ててきました。
この動きは、企業の資本蓄積戦略の結果であり、単純な国家間の力学だけで説明することはできません。アメリカ企業が海外生産を選んだ結果として、サプライチェーン上の多くの工程が中国を含むアジアへ移った側面もあります。
知的財産とテクノロジー覇権のせめぎ合い
第三に、知的財産をめぐる争いです。論考は、これは単に技術が盗まれたかどうかという法的な問題にとどまらないと指摘します。
むしろ重要なのは、多極化した世界で、どの国や企業が技術標準やルールを決める立場に立つのかという点です。通信規格、半導体、人工知能など、多くの分野でルール設定権をめぐる競争が激しくなっています。
この観点から見ると、知的財産権をめぐる摩擦は、テクノロジー覇権をめぐるより広い争いの一部として理解されます。
なぜ「貿易戦争」という処方箋は的外れなのか
以上のような構造的な背景を踏まえると、関税の応酬というかたちで展開されてきた貿易戦争は、症状を強くたたく一方で、原因に十分届いていない可能性が見えてきます。
- 赤字という数字を「悪」とみなし、特定の相手国を「加害者」と決めつけることで、通貨制度や企業行動といった根本要因が見えにくくなる。
- 関税や制裁によって相手を抑え込もうとするほど、サプライチェーンの再編が進み、世界経済全体の不確実性が高まる。
- テクノロジーのルールづくりをめぐる協調の余地が狭まり、多極化した世界で必要とされるガバナンスの議論が進みにくくなる。
論考は、こうした状況を再びベケットの戯曲になぞらえます。ワシントンとウォール街は、互いに語り合いながら、中国からの劇的な譲歩や、貿易赤字の急激な縮小といった「ゴドー」を待ち続けている。しかし、そのような決定的瞬間は、そもそも来ないものとして捉えるべきではないか、という問題提起です。
2025年のいま、私たちが考えたいこと
2025年のいまも、米中関係は世界経済と安全保障の行方を左右する最重要テーマの一つであり続けています。貿易戦争や戦略的デカップリングをめぐる議論は、日本を含む多くの国と地域の経済にも波紋を広げています。
その中で、ニュースを追う私たちが持てる視点として、次のような問いが挙げられます。
- 報じられる貿易赤字や制裁のニュースは、どのような物語や前提に基づいているのか。
- 数字の裏側にある、通貨制度や企業戦略といった構造的な要因は何か。
- テクノロジーのルールづくりにおいて、どの国や企業が、どのような価値観や基準を押し出そうとしているのか。
単に「どちらが得をしているか」「どちらが損をしているか」というゼロサムの発想を超え、グローバル経済の仕組みそのものを見直す視点が求められているように思われます。
米中の貿易摩擦をめぐるニュースに触れるとき、こうした背景を頭の片隅に置いておくだけでも、見えてくる景色は大きく変わってくるはずです。
Reference(s):
cgtn.com








