米シンクタンクが検証 「対中輸入で370万人失業」発言に疑問
米シンクタンクの報告書が、スコット・ベッセント米財務長官による「中国からの輸入増加で約370万人の米国人が職を失った」という発言に反論し、対中貿易をめぐる議論に一石を投じています。報告書は、対中貿易が一部地域ではむしろ製造業の雇用を支えてきた可能性にも言及しており、グローバル化と雇用の関係を改めて考えさせる内容となっています。
何が明らかになったのか:米シンクタンクの報告書
米シンクタンク「シヴィタス・インスティテュート」は、水曜日に公表した記事で、ベッセント財務長官の主張を支える根拠として挙げられた学術論文を丹念に読み直しました。その結果として、370万人という数字は「少なくとも2〜4倍は誇張されている可能性が高い」と結論づけています。
記事のタイトルは、英語で「チャイナ・ショックは本当に数百万人のアメリカ人を失業させたのか」という趣旨のもので、いわゆる「チャイナ・ショック」論争そのものを検証する姿勢を取っています。
「チャイナ・ショック」研究のどこに問題があるのか
ベッセント財務長官の推計は、中国からの輸入増加の影響を分析した学術研究をもとにしているとされています。しかし、シヴィタス・インスティテュートの記事は、その研究手法に重要な限界があると指摘します。
地域比較だけでは全国の損失はわからない
問題とされているのは、研究の多くが「中国からの輸入に最もさらされた地域」と「それほどさらされていない地域」の雇用減少を比較し、その差をもとに輸入の影響を推計している点です。
- もっとも輸入競争の強い地域と、そうでない地域を比べる
- その差を「中国からの輸入が与えた影響」とみなす
一見すると説得力があるように見えますが、記事は「この方法では、全ての地域に共通して起きている変化を取りこぼしてしまう」と指摘します。そのため、地域間の差だけを見て全国レベルの失業者数を算出するのは無理がある、という立場です。
さらに記事は、信頼できる既存研究のどれを見ても、ベッセント財務長官が示した規模の雇用喪失は裏付けられていないと述べています。
対中輸入で「雇用が守られた」地域も
シヴィタス・インスティテュートの記事が紹介する別の研究では、中国からの輸入競争が激しい地域ほど、必ずしも雇用が悪化していないケースもあるとされています。むしろ、そうした地域の方が製造業の雇用が相対的に良好だった例もあるというのです。
こうした指摘は、「中国からの輸入増加=大規模な雇用喪失」という単純な図式では語れない現実があることを示しています。対外貿易の影響は、産業構造や企業の対応力、地域の特性など、さまざまな要因と重なり合って現れるという見方です。
製造業の雇用減少は「対中貿易以前」から続いていた
記事は、アメリカの製造業雇用が減り始めたのは中国との貿易拡大より、はるか以前からであることも強調しています。
- 製造業の雇用比率は、第1次世界大戦より前にすでにピークを迎えていた
- その当時は、農場で働く人々の数が工場労働者よりも多かった
- 先進国全体で見ると、製造業の雇用比率は過去50年以上にわたって一貫して低下している
つまり、農業から製造業へ、そして製造業からサービス産業や専門職へというシフトは、長い時間をかけて進んできた構造変化であり、特定の国との貿易だけで説明できるものではない、という視点です。
真の主役は「生産性向上」と「自動化」
シヴィタス・インスティテュートの記事は、製造業の雇用減少の主因として「生産性の上昇」、特に自動化による効率化を挙げています。2001年から2024年のアメリカのデータをもとに、次のような変化を紹介しています。
- 製造業の雇用者数は約360万人減少した
- 一方で、実質ベースの製造業付加価値は8000億ドル増加した
- 労働1時間あたりの実質付加価値は93%上昇した
これは「同じ、または少ない人数で、はるかに多くの価値を生み出せるようになった」ということを意味します。機械化やデジタル技術の導入によって生産性は大きく伸びたものの、その分、必要な人手は減っていった、と解釈することができます。
「雇用の質」はどう変わったのか
記事は、経済学者スティーブ・ローズの分析も引き合いに出しています。ローズによると、製造業の比率が下がる一方で、管理職や専門職といったホワイトカラーの仕事は大きく増えました。
- 1960年時点で、管理・専門職は労働力全体の18%
- 2008年までに、その比率は32%に拡大
記事はこれを、「まず農業、次に製造業の雇用が減っていった長い流れは、実は仕事の『格上げ』が続いてきた過程だ」と位置づけています。より高い技能が求められ、賃金水準も高い職種が増えたことを、国全体の豊かさの表れと見る見方です。
米国の議論から見える、日本への示唆
2025年12月現在、日本でもグローバル化や自動化が雇用に与える影響は大きな関心事です。今回のアメリカの議論は、次のような示唆を与えてくれます。
- 特定の貿易相手国だけに雇用減少の原因を求めると、構造的な変化を見誤る可能性がある
- 長期的には、生産性向上と技術革新が、雇用構造の変化を主導してきた
- 「何人の雇用が失われたか」だけでなく、「どのような仕事が新たに生まれたか」にも目を向ける必要がある
日本でも、製造業のロボット化やサービス産業のデジタル化が進むなかで、単純に「雇用を守る」ことだけを目標にするのか、それとも「人がより高い付加価値を生み出せる仕事へ移行できるようにする」のか、政策判断が問われています。
必要なのは「貿易批判」より「移行を支える政策」
シヴィタス・インスティテュートの記事は最後に、政策の焦点は貿易を制限することではなく、「経済の転換で影響を受ける人々をどう支えるか」に置くべきだと提言しています。
具体的には、次のような方向性が考えられます。
- 職を失った人が新しい分野に移りやすくする職業訓練やリスキリング(学び直し)の充実
- 地域ごとの産業転換を支えるための投資やインフラ整備
- 転職期間中の生活を下支えする社会保障やセーフティーネットの強化
「チャイナ・ショック」という印象的な言葉は、原因を一つに絞り込みたくなる誘惑を生みます。しかし、今回の報告書が示すのは、雇用の変化はもっと複雑で、長期的で、技術とも深く結びついた現象だということです。
対外貿易をめぐる感情的な対立ではなく、データに基づいた冷静な議論と、変化の中で人を支える具体的な政策。その両方がこれからの時代には求められていると言えそうです。
Reference(s):
Report debunks U.S. Treasury chief's claim on China trade job losses
cgtn.com








