トランプ政権の予算削減で揺れる米国の危険な仕事の安全訓練
米国の国際ニュースとして、トランプ政権による連邦政府の予算削減が、漁業や林業、農業といった「最も危険な仕事」に就く人々の安全訓練を直撃しています。本記事では、その影響と現場の声を日本語で分かりやすく整理します。
火災に襲われた漁船を救った「たった一度の訓練」
米国メイン州サウスポートランドの漁師、ロビー・ロバージさんは、今年8月、沖合100マイル以上の海上で、自身の漁船「スリー・ガールズ」のギャレー(厨房)から上がる炎に気づきました。火の回りは早く、猶予は数分しかなかったといいます。
ロバージさんは乗組員に生存スーツ(保温機能付きの救命スーツ)を着せ、救命いかだを展開し、近くの船や米沿岸警備隊に向けてメーデー信号を発信。全員が無事に船を離れ、けが人も出ませんでした。
このとき彼の頭に浮かんだのは、3か月前の5月に受けた安全訓練でした。米東海岸の漁師を対象に、安全教育を行ってきた非営利団体フィッシング・パートナーシップ・サポート・サービス(FPSS)が主催したワークショップです。
ロバージさんは、今年5月20日にも、別の漁船「マリア・ジョアン」の6人の乗組員を連れて、マサチューセッツ州ニューベリーポートで行われたFPSSの訓練に参加するため、漁を途中で切り上げました。「現場での経験は長いですが、緊急事態への対応は別物です。だからこそこうした訓練に必ず参加するようにしています」と話します。
米国で最も危険な仕事を支える安全訓練
漁業、林業、農業は、米国の労働統計でも死亡率が高い産業として知られています。こうした現場の労働安全を支えてきたのが、米保健福祉省(HHS)の内部機関である国立労働安全衛生研究所(NIOSH)による資金援助です。
NIOSHは、全国12か所の農業・漁業・林業の安全衛生センターを支援し、FPSSやアラスカ海洋安全教育協会などの団体が行う安全訓練や調査研究を支えてきました。訓練では、
- 海上での火災や浸水への対応
- 救命いかだや非常用通信機器の使い方
- 重機や大型機械を使う際の安全確認
など、現場で即座に役立つスキルが教えられています。
トランプ政権の予算削減がNIOSHを直撃
しかしこの仕組みが今、トランプ政権の「小さな政府」を目指す方針の中で揺らいでいます。今年4月1日、政権はNIOSHの約1000人の職員のうち、およそ875人を解雇しました。農業・漁業・林業向けの安全センターを技術面で支えてきたスタッフの多くも含まれているとされています。
今月になって、約300人が復職しましたが、各センターを統括する部署の職員は含まれていないと、政府職員組合の集計は伝えています。現場からは「人が戻っても、センターを支える機能そのものが縮小している」との声が出ています。
ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健長官は3月、職員削減について「官僚機構を縮小し、効率を高めるために必要だ」と説明し、NIOSHを他の下部機関と統合して、新たな行政組織「アドミニストレーション・フォー・ア・ヘルシー・アメリカ」に再編すると表明しました。
全国の安全センターに広がる「縮小・閉鎖」への備え
ロイター通信の取材に対し、12のセンターや安全専門家の多くが、今後の活動縮小を懸念しています。7つのセンターでは、現在の助成期間が今後数か月から1年ほどで切れるのを前に、プロジェクトの「ソフトランディング」(段階的な終了)に向けた準備を始めているといいます。
フロリダ大学にある「南東海岸農業健康・安全センター」を率いるJ・グレン・モリス所長は、NIOSHからの助成が来年9月29日に終了する見通しのため、すでに事業の縮小作業に入ったと明かしています。
アラスカ海洋安全教育協会が行う漁師向け安全訓練へのNIOSH資金も、早ければ来年7月1日にも打ち切られる可能性があると、同協会のリーアン・サイアー事務局長は話します。FPSSも、来年9月にNIOSHの支援が途絶えることを見込んでおり、訓練回数の削減などを検討せざるをえない状況です。
訓練縮小で増える海難救助の負担
FPSSのインストラクターで、米沿岸警備隊で31年間、捜索救助に携わってきたジョン・ロバーツさんは、「政府が安全訓練に投じるお金の投資効果は非常に大きい」と強調します。「この資金のおかげで漁師が訓練を受ければ、訓練を受けていない人を救助するために、はるかに多くの費用や人員を使わずに済むのです」とも語りました。
もし安全訓練が縮小されれば、危険な状況に陥る労働者が増え、米沿岸警備隊や救助機関の負担が膨らむ恐れがあります。ロバージさんのように、訓練で身につけた知識が命を救うケースは少なくありません。
こうした懸念に対し、HHSの報道担当者は、NIOSHの人員削減についてコメントを求められ、「業務は今後も続きます。HHSは米国の農業従事者、漁師、林業労働者を支援しています」と述べ、政府としての支援姿勢は変わらないと強調しました。
日本の読者が考えたい「安全とコスト」のバランス
今回の米国の動きは、日本にとっても無関係ではありません。日本でも、漁業や林業、建設業など危険度の高い仕事の安全教育は、しばしば「コスト」と見なされがちです。しかし、事故が起きたときに支払うことになる社会的・経済的な代償は、訓練費用をはるかに上回ることが多いからです。
米国の事例は、「安全に対する投資をどこまで優先するのか」「行政の効率化と現場の安全をどう両立させるのか」という問いを、改めて突きつけています。日本でも、予算や人員の削減が議論されるときこそ、現場の声や長期的な視点から安全対策の意味を考える必要がありそうです。
危険と隣り合わせの仕事をどう守るのか。トランプ政権の予算削減をめぐる議論は、国境を越えて私たち一人ひとりに問いを投げかけています。
Reference(s):
Trump cuts threaten safety training for America's most dangerous jobs
cgtn.com








