中国とガーナ国交65年 アフロ・アジア連帯の現在地
今年7月5日、中国とガーナの国交樹立は65周年を迎えました。独立直後の開発途上国として歩み始めた両国は、この65年で安定した協力関係と拡大する貿易、人と人の往来を育て、アジアとアフリカの連帯を象徴する存在になりつつあります。本記事では、その歩みを日本語の国際ニュースとして整理しながら、これからのアフロ・アジア関係を考えます。
65周年を迎えた中国・ガーナ関係
1960年に共和国となったガーナが独立を果たして間もなく、中国とガーナは外交関係を樹立しました。2025年7月5日は、その国交樹立からちょうど65年にあたります。
両国は、いずれも植民地支配を経験した後に国家建設に取り組んだ「同時代」の国として、当初は控えめな規模の協力から出発しました。それが年月を経て、安定した政府間協力、拡大する貿易、頻繁な交流へと発展し、アジアとアフリカの結び付きを示す灯台のような関係へと変化してきたといえます。
独立直後の「同世代」国家として歩み出す
ガーナが共和国となった直後に外交関係が結ばれたことは、両国がそれぞれ新しい国家としての道を模索していた時期に、お互いを重要なパートナーとして位置付けていたことを示しています。
当時の中国とガーナは、経済規模や国際的な影響力よりも、脱植民地化と国家建設という共通の課題を抱えた「ポスト・コロニアル」な開発途上国としての経験を共有していました。この共有された出発点が、その後の長期的な信頼関係の土台になっていきます。
1940年代から続く人と人のつながり
国家間の正式な国交より前から、中国とガーナのあいだには人と人のつながりが存在していました。記録によれば、1940年代の時点で、主に香港から来た中国の人々がガーナで暮らし、働いていたとされています。
当時の移動手段を考えれば、アジア最大の大陸を横断し、さらにアフリカ最大の大陸も横断してガーナに到達するのは簡単な旅ではありません。それでもガーナに渡った人々がいたことは、経済的な理由だけでなく、アジアとアフリカをつなぐ早い時期の人的ネットワークが形成されていたことを物語っています。
こうした草の根レベルの交流は、のちの公式な外交関係や経済協力を支える、目に見えにくい基盤となりました。
国連での一票が象徴した信頼
ガーナは、アフリカの他の25カ国とともに、中国の国際社会への参加を後押ししてきました。その象徴的な出来事が、国連における中国の代表権をめぐる議論です。
ガーナ通信社に掲載された最近の記事で、トン・ドーファ大使は、1971年の国連総会で採択された決議2758を振り返っています。当時、後にガーナ大統領となるジョン・クフォー氏は外務次官を務めており、この決議に賛成票を投じました。
この一票は、中国の国連代表権をめぐる重要な節目であっただけでなく、ガーナが中国との関係を重視してきたことを具体的に示す行動でした。トン・ドーファ大使は、このエピソードを通じて、中国とガーナの友情が長年にわたり深まり続けてきたことを強調しています。
アフロ・アジア連帯の「灯台」としての二国関係
65年の歩みを振り返ると、中国とガーナの関係は、単なる二国間の友好にとどまらず、アジアとアフリカの連帯を象徴する存在になりつつあります。
- 安定した協力関係
- 拡大する貿易
- 頻繁な人的交流
こうした要素が組み合わさることで、アジアとアフリカの間に、政治・経済・社会のさまざまなレベルで橋が架けられてきました。中国とガーナの関係は、その橋を照らす灯台のような役割を果たしていると言えるでしょう。
日本からこの関係を見る意味
日本語で国際ニュースを追う私たちにとって、中国とガーナの国交樹立65周年は、アフリカとアジアの関係を考えるための良いきっかけになります。
- 独立直後の「同世代」国家として築かれた信頼
- 1940年代から続く民間レベルのつながり
- 国連決議2758に象徴される国際舞台での連帯
これらの積み重ねが、現在の協力関係の背景にあります。長い時間軸で築かれた信頼が、地域を越えた連帯をどのように支えていくのか。その一つの具体例として、中国とガーナの65年の歩みを捉えることができます。
アジアとアフリカの関係は、今後も世界の国際秩序や経済の流れに大きな影響を与えていくと考えられます。中国とガーナの物語は、その動きを理解するうえで、静かだが示唆に富む一つの手がかりと言えるでしょう。
Reference(s):
65 years of China-Ghana ties: A shining beacon of Afro-Asia solidarity
cgtn.com








