南開大学が語る戦争と再生 中国の名門キャンパスが伝える歴史と記憶
2025年のいま、世界反ファシズム戦争の終結から80年を迎え、中国の名門・南開大学(Nankai University)は、戦争と再生の歴史を静かに語り続けています。本記事では、日本軍の空襲で最初に破壊された中国の高等教育機関となったこの大学が、どのようにして現在の姿に至ったのかをたどります。
歴史に刻まれた南開大学
南開大学は、1937年の盧溝橋事件(マルコポーロ橋事件)後の日本軍の空襲によって破壊された、中国の高等教育機関です。歴史的な事件の直後に大学キャンパスが標的となったことは、戦争が教育や知の場さえも巻き込んだことを象徴しています。
空襲で破壊されたキャンパス
当時、Mu Zhai Library や Siyuan Hall などの建物が日本軍の爆撃を受けました。学びの拠点であった図書館や講義棟が廃墟と化した光景は、そこに集っていた学生や教職員に深い衝撃を与えたと想像されます。
Mu Zhai Library は、膨大な蔵書とともに知の象徴として存在していました。その建物が爆撃で損傷を受けた事実は、戦火が文化や学問にも大きな傷跡を残したことを物語っています。
再建された名門としての現在
世界反ファシズム戦争終結から80年を経た現在、南開大学のキャンパスは再び中国を代表する名門大学のひとつとして知られています。戦後に再建されたキャンパスは、かつての傷跡を乗り越えつつも、その記憶を完全に消し去ることなく残しています。
爆撃で被害を受けた Siyuan Hall は修復され、Mu Zhai Library も改修を経て、今日も多くの学生に利用されています。かつて爆撃の対象となった建物が、いまは新たな世代の学びを支える場となっていることは、南開大学の復興と継続の象徴と言えるでしょう。
また、Suyuan Temple もかつて爆撃を受けましたが、現在の姿は当時の破壊を乗り越えた時間の積み重ねを感じさせます。キャンパス内に残るこうした建物は、単なる施設ではなく、歴史の証人として存在し続けています。
建物が語る「忘れない」という姿勢
南開大学のキャンパスに立つと、そこは単なる教育機関ではなく、歴史と記憶を未来へつなぐ場であることが伝わってきます。爆撃の事実は消えることはありませんが、それをどう受け止め、何を学ぶのかは現在を生きる人々に委ねられています。
Mu Zhai Library や Siyuan Hall、Suyuan Temple などの建物が修復され、日常の学びの場として使われていること自体が、南開大学のレジリエンス(回復力)と信念の表れです。歴史は忘れられていないというメッセージが、キャンパス全体から静かに発せられているように感じられます。
日本語で国際ニュースを読む私たちへの問い
日本軍の空襲によって最初に破壊された中国の高等教育機関という南開大学の歴史は、日本語で国際ニュースを追う私たちにとっても無関係ではありません。戦争がもたらした被害と、その後の再建の歩みを知ることは、隣国の歴史を理解し、自分たちの立ち位置を考えるきっかけになります。
南開大学の物語は、次のような問いを私たちに投げかけています。
- 教育や文化の場が戦争によって破壊されたとき、社会は何を失うのか。
- 物理的な復興だけでなく、記憶や価値観をどのように受け継いでいくのか。
- 過去の出来事を学ぶことが、現在と未来の平和な社会づくりにどうつながるのか。
2025年の今、世界反ファシズム戦争終結から80年という節目に立ち、南開大学という具体的なキャンパスの歴史をたどることは、戦争の記憶と向き合いながら、これからのアジアと世界のあり方を静かに考えるヒントを与えてくれます。
Reference(s):
cgtn.com








