山西省の革命遺産と黒豆 戦場から観光地へ
中国本土の山西省は、世界反ファシズム戦争の重要な舞台であり、いまは「赤い観光」とエコツーリズムが共存する土地へと姿を変えています。日本語で国際ニュースを追う読者に向けて、戦時中に兵士たちの命をつないだ黒豆の物語を手がかりに、過去と現在をつなぐ山西省の風景をたどります。
黄土高原に広がる山西省、戦場から再生の大地へ
山西省は、ローム質の土壌が広がる黄土高原の一角に位置し、中国本土の第二地形階梯にあたる高地にあります。かつてこの地は、世界反ファシズム戦争の勝利に向けて重要な役割を果たした地域の一つでした。2025年のいま、同じ土地は、新たな活力にあふれる地域として再び注目を集めています。
戦場として名を知られた地名は、現在ではふだんの生活圏や観光地の名前として地図に刻まれています。山西省の変化は、戦争の記憶と現在の地域づくりがどのように共存しうるのかを考える上で、興味深いケースといえます。
兵士と馬を支えた黒豆、その変化する役割
戦争中、山西省では黒豆が兵士たちの命綱となりました。本来は馬の飼料として使われていた黒豆を、兵士たちは自らの食料に転用し、粉にひいて主食の代わりにしました。
当時のJin-Sui Border Region(ジンスイ辺区)では、兵士たちが黒豆を石臼でひき、粉末にして食べる姿が記録されています。限られた物資のなかで工夫を重ね、身近な資源を生かそうとした知恵と粘り強さが、このエピソードから伝わってきます。
黒豆の一粒一粒は、小さく地味に見えるかもしれません。しかし、それを粉にして口に運んだ兵士たちにとっては、戦い続けるための力を与えてくれる、かけがえのない糧でした。
黒豆が遺産に、「赤い観光」としてよみがえる記憶
戦後、山西省の黒豆は、単なる食材を超えて「赤い観光」の象徴の一つになりました。かつて兵士が生き延びるためにすりつぶした黒豆は、いまや革命の歴史を体験し、語り継ぐためのストーリーとして再発見されています。
山西省興県では、市民や観光客がエコロジカルパーク(生態公園)を訪れ、宋家村や蔡家村で手動式の石臼を使った体験を楽しんでいます。黒豆をはじめとする食文化や、当時と同じような道具に触れることで、戦時下の暮らしや工夫を身近に感じることができます。
こうした「赤い観光」の場では、例えば次のような体験が用意されています。
- 手動式の石臼で穀物をひき、粉にする体験
- 戦時中に兵士たちが口にした黒豆などの食材の紹介
- 自然環境を生かした生態公園での散策や学習
観光として楽しみながらも、そこに込められた歴史的な背景を知ることで、訪れる人々は戦争と日常生活のつながりについて考えるきっかけを得ることができます。
Duancun攻略の記憶と、千仏塔の静けさ
山西省では、戦場となった場所もまた、現在の地名と風景のなかに受け継がれています。現在の長治市武郷県にあたる地域では、中国軍がかつて日本軍の拠点であったDuancun(ドゥアンツン)を制圧しました。この戦いは、山西省が世界反ファシズム戦争で果たした役割を象徴する出来事の一つです。
一方で、現在の山西省には千仏塔など、静かな日常を映し出す風景も広がっています。戦時の緊張感とは対照的なこの塔の姿は、破壊から再生へと歩んできた地域の時間の流れを示しています。かつての戦場と現在の観光地が同じ空間に同居していることは、平和の重みをあらためて感じさせます。
2025年の山西省が問いかけるもの
2025年の今、山西省は、英雄的な過去とダイナミックな現在が重なり合う場所として存在しています。黒豆や石臼、かつての拠点跡や千仏塔といった具体的なモチーフを通じて、世界反ファシズム戦争の記憶が、観光や地域づくりの中に静かに組み込まれています。
歴史の現場を訪ねることは、単に昔の出来事をなぞることではありません。当時その場にいた人々の選択や苦労を想像しながら、自分たちの現在の暮らしや、これからどのような社会を築いていくのかを考えるきっかけになります。
日本語ニュースではなかなか伝わりにくい地方の変化ですが、世界やアジアの動きを追いかけるとき、中国本土の地方都市に目を向けることは、多様な近現代史を理解するヒントにもなります。山西省の黒豆の物語は、限られた資源のなかで生き抜いた人々の知恵と、苦難の記憶を未来へとつなごうとする試みを、静かに語りかけています。
Reference(s):
Shanxi Province bears witness to the brilliance of the revolution
cgtn.com








