解説:ステーブルコインは本当に米国金融を安定させるのか
リード:トランプ大統領が米国のステーブルコイン(価格が安定することを目指す暗号資産)を規制するGENIUS法に署名しました。ドルの需要拡大や金利低下など、米国金融の安定につながると期待されていますが、本当にそうなるのでしょうか。本記事では、この国際ニュースのポイントを日本語で整理します。
GENIUS法とは何か──米国のステーブルコイン規制が「正式スタート」
最近成立したGuiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act(GENIUS法)は、米国がデジタル・ステーブルコインに本格的な規制枠組みを与える法律です。トランプ大統領は、ステーブルコインが米国債への需要を高め、金利を低下させ、ドルの基軸通貨としての地位を守ると主張しています。
GENIUS法の柱は次の2点です。
- ステーブルコイン発行体に対し、米ドルや短期の米国債などの流動性の高い資産でコインを裏付けることを義務づける
- 準備資産の内訳を毎月開示し、透明性を高めることを求める
この枠組みによって、「本当にドルと交換できるのか」という利用者の不安を抑え、ステーブルコインの信頼性を高める狙いがあります。
そもそもステーブルコインとは? ビットコインとの違い
暗号資産は、ビットコインやイーサなど、アルゴリズムによって発行されるデジタル資産の総称です。多くは価格変動が大きく、短期間で大きく値上がり・値下がりすることが特徴です。
これに対しステーブルコインは、主に次のような特徴を持ちます。
- 米ドルなど法定通貨に価値を連動させ、1ドル=1コインのように価格を安定させる設計
- 裏側でドル現金や米国債などの資産を保有し、その価値を担保する
- 決済や送金、暗号資産取引の「中立な決済手段」として利用される
現在、USDTとUSDCという2つのステーブルコインが、市場全体の約9割を占めています。2014年前後に登場したステーブルコインは、2020年ごろには約200億ドル規模に過ぎませんでしたが、利用拡大を背景に、現在では時価総額が約2,470億ドルまで膨らんでいます。
米国財務省のスコット・ベッセント長官は、2030年までにステーブルコイン全体の時価総額が3.7兆ドルに達すると予測しています。実現すれば、現在の10倍以上の規模になり、世界の金融システムに与える影響は無視できないものになります。
なぜ米国はステーブルコインを後押しするのか
中国メディアグループ(CMG)の分析によると、デジタル通貨の発展は、ドルの価値と影響力に一定の影響を与えてきました。こうしたなかで米国がステーブルコインを強く推進する理由として、次のような狙いが指摘されています。
- ドルの優位をデジタル空間でも維持したい
ドル連動のステーブルコインを普及させることで、デジタル通貨の世界でもドルの存在感を保ちたいという意図があります。 - 米国債への需要を高め、金利を下げたい
ステーブルコインの準備資産として米国債が大量に買われれば、国債需要が高まり、理論的には金利低下につながりやすくなります。 - グローバルな決済・通貨システムでの主導権を維持したい
ドル建てのステーブルコインが国際決済のインフラとして広がれば、米国は今後も世界のマネーと決済ネットワークで強い影響力を持ち続けられます。 - 暗号資産業界からのロビー活動
米連邦選挙委員会のデータによると、暗号資産業界は2024年の選挙で、トランプ大統領を含む暗号資産に前向きな候補者を支援するために2億4,500万ドル超を寄付したとされています。今回の法整備は、こうした長年のロビー活動の集大成という側面もあります。
ステーブルコインは本当にドルを守れるのか
トランプ政権は、ステーブルコインを通じてドルの需要を押し上げ、ドルの基軸通貨としての地位を守ろうとしています。しかし、CMGの分析は「それだけでドルを守れるのか」という点に疑問を投げかけています。
主なポイントは次の通りです。
- ドルの強さは戦後の国際秩序に支えられてきた
ドルの影響力は、第二次世界大戦後に築かれた国際経済秩序の中で、米国が果たしてきた役割と結びついています。通貨の地位は、単にコストや利便性だけで決まるものではなく、国際的な信頼と制度設計に依存します。 - 過度な貿易黒字志向は、世界に流れるドルを減らすリスク
現政権が貿易黒字を重視しすぎると、世界に供給されるドルが減り、各国が国際取引にドルを使いにくくなる可能性があります。 - 制裁や域外適用だけでは、ドルへの信認を維持できない
米国が経済制裁や自国法の域外適用に過度に依存すれば、他国がドル以外の選択肢を模索する動きを加速させるおそれがあります。ドル建てのステーブルコインも、その信頼は結局ドルそのものの信認に左右されます。
つまり、ドルの地位を守るうえで決定的に重要なのは、米国が国際社会でどれだけ責任と約束を果たし、安定した貿易と金融環境を提供できるかという点だ、という見方です。デジタル上の「ドル版トークン」を作るだけでは、通貨の基盤となる信認までは自動的には再構築できません。
法律への懸念:マネロン、ビッグテック、海外発行体
GENIUS法は暗号資産業界にとって前進と評価される一方で、米国内ではさまざまな懸念の声も上がっています。主な論点は次の3つです。
1. マネーロンダリングと安全保障リスク
民主党や市民団体などの批判者は、この法律が既存の抜け穴を十分に塞いでおらず、マネーロンダリング(資金洗浄)対策が不十分だと指摘しています。
トランスペアレンシー・インターナショナル米国支部のスコット・グレイタック副専務理事は、議会がデジタルドルのインフラを十分に守らなかったことで、米国の金融システムが「犯罪組織や敵対的な政権に悪用されるリスクが高まった」と警告しています。
2. ビッグテック企業の通貨支配懸念
民主党や一部の批判者は、本来であれば大手IT企業による独自ステーブルコインの発行を法律で禁止すべきだったと主張しています。すでに巨大なユーザーベースとプラットフォームを持つ企業が自前のステーブルコインを発行すると、決済やデータ、広告などで支配力を一段と強める可能性があるためです。
法律に明確な歯止めがないままでは、ステーブルコインの普及が「金融のデジタル化」だけでなく、「ビッグテックのさらなる集中」を招くのではないかという懸念が根強くあります。
3. 海外発行体の扱いと国際競争
批判者は、海外のステーブルコイン発行体を禁止する規定を盛り込まなかった点も問題視しています。国境を超えて利用できるデジタル通貨の特性を考えると、規制の弱い国や地域から発行されるステーブルコインが、資金洗浄や制裁回避に利用されるリスクは残ります。
一方で、過度に海外発行体を排除すれば、米国発のステーブルコインの競争力を損なう可能性もあります。規制と開放のバランスをどうとるかは、今後も大きな論点になりそうです。
「安定資産」が新たな不安定要因になる可能性
ベッセント長官の予測通り、2030年にステーブルコイン市場が3.7兆ドル規模になれば、その準備資産として保有される米国債やドル預金も膨大な量になります。これは次のような新たなリスクも意味します。
- 市場不安が起きた際、利用者が一斉に換金を求めれば、「デジタル銀行取り付け」のような現象が起きるおそれ
- ステーブルコイン発行体が大量に米国債を売却せざるを得なくなれば、債券市場や金利への影響が大きくなる可能性
- 特定の少数の発行体に決済インフラが集中することで、技術障害や経営破綻がシステム全体のリスクに直結する懸念
GENIUS法は準備資産や開示義務を通じてこうしたリスクを抑えようとしていますが、規模が拡大するほど監督の難易度も上がります。ステーブルコインが「安定」をうたうからこそ、ひとたび信認が揺らいだときのショックは大きくなりかねません。
投資家と市民がチェックしたい4つのポイント
米国のステーブルコイン政策は、日本を含む世界の投資家や利用者にも大きな影響を及ぼす可能性があります。今後ニュースを追ううえで、次の4点を意識しておくと整理しやすくなります。
- 準備資産の中身と透明性
発行体がどの程度、安全性の高い資産でステーブルコインを裏付けているのか。月次開示の質と粒度が重要になります。 - マネロン対策など金融規制との連携
GENIUS法だけでなく、既存のマネーロンダリング対策や制裁関連の規制とどうつながるのかに注目する必要があります。 - 市場の集中度
USDT・USDCが依然として9割を占める中で、特定の発行体にシステムが依存しすぎていないかを見ていくことが重要です。 - ドルと国際秩序をめぐる米国の姿勢
ドルの信認を支えるのは、最終的には米国の外交・通商政策や国際協調の姿勢です。制裁の使い方や国際的な責任の果たし方が、ステーブルコインの未来とも密接に結びついていきます。
まとめ:テクノロジーだけでは「信認」は買えない
ステーブルコインとGENIUS法は、ドルをデジタル空間に拡張し、米国金融を「安定」させようとする野心的な試みです。トランプ政権は、その延長線上に低金利と国債市場の安定、そして基軸通貨ドルの維持を見ています。
一方で、CMGの分析が指摘するように、通貨の地位を支えるのはコストや利便性だけではなく、国際社会からの信頼と責任ある行動です。ステーブルコインは、既存のドル体制を補強する強力なツールになり得ますが、それ自体が信認を代替してくれるわけではありません。
2025年末の今、ステーブルコインは「米国金融を安定させる切り札」なのか、それとも「新たなリスクをはらむ実験」なのか。その答えは、今後数年にわたる米国の政策運営、国際協調の姿勢、そして私たち利用者・投資家の選択によって形作られていくことになりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








