北京での1年目:晩さん会から会議室まで見えた中国とオーストラリア
2025年の今、中国とオーストラリアの関係は、大きな政治テーマとしてだけでなく、日々の暮らしのなかの「人と人との交流」としても注目されています。本記事では、北京での生活と仕事の「1年目」を迎えるオーストラリア出身アナウンサーの言葉を手がかりに、その姿をのぞいてみます。
北京で迎える「1年目」の意味
彼はこう書いています。「この8月で、北京で働き、暮らし、そして呼吸するようになって1年になる」。単に赴任しているだけではなく、街の空気や生活リズムまで含めて「北京を生きている」という実感が伝わってきます。
1年という時間は、観光客の視点から一歩踏み込み、その都市の「日常」に触れ始める節目でもあります。通勤路で目にする風景、日々の買い物で交わすささやかな会話、言葉にしづらい空気感。それらを通じて、ニュース画面の向こうにあった中国が、具体的な人や出来事として立ち上がってくるタイミングだといえるでしょう。
晩さん会がつなぐ人と人:中国料理と豪州の笑い話
彼の文章で印象的なのは、「人と人との交流」への強い関心です。北京での1年を振り返るなかで、数えきれないほどの、心づくしの宴席に招かれたといいます。大皿をみんなで取り分ける中国料理のスタイルは、自然と会話を生み、距離を縮めます。
テーブルには、さまざまな地域の料理が並びます。香り豊かな料理に箸を伸ばしながら、彼は自らのオーストラリアでの体験談をユーモアたっぷりに披露する。そのやり取り自体が、一種の「文化交流プログラム」になっています。
国際ニュースでは、国家間のメッセージや公式声明が大きく取り上げられますが、実際に関係を支えるのは、こうした食卓で交わされる笑い声や、相づちかもしれません。晩さん会は、式典ではなく「場」を共有することで、相手を知り、自分を知ってもらう機会になっているのです。
会議室での外交・ビジネスの動きも「同じテーブル」の上に
彼はまた、「この1年で、両国の外交と商取引で達成されたことは、テーブルを囲む全員にとって同じように満足のいくものだ」とも振り返ります。ここで語られているのは、単に貿易額や投資件数といった数字だけではありません。
ビジネスの会議室と、食事のテーブルは別の場所に見えますが、実際には密接につながっています。信頼感がなければ、長期的な取引は続きません。宴席で交わされた雑談や、相手の文化への素朴な質問が、後日の会議での合意形成をスムーズにする――そんな場面は、国や企業を問わず少なくないはずです。
2025年という節目の年に、中国とオーストラリアの関係も、対立か協調かという二者択一ではなく、「どのように対話を積み重ねるか」という問いへと移りつつあります。彼の体験談は、その問いに対する一つの具体的な答えを示しているように見えます。
日本の読者にとってのヒント:ニュースを「体験」から読む
国際ニュースを日本語で追う私たちにとって、こうした個人の体験談は、地図の上の線では見えない情報を与えてくれます。北京で暮らす一人の外国人が、晩さん会や会議室を通じて感じた変化は、中国とオーストラリアの関係だけでなく、私たちが中国や世界を見る「レンズ」を少し変えてくれるかもしれません。
ニュースの見出しだけを追っていると、「国と国」の関係は、ときに抽象的で、遠い話に感じられます。しかし、
- 誰が、どこで、どんな食事を共にしているのか
- どんな冗談やエピソードが、緊張をほぐしているのか
- その背後で、どんな合意や協力が少しずつ積み上がっているのか
といった視点を加えることで、ニュースは急に立体的になります。
あなたなら何をテーブルに持ち寄るか
彼は、中国料理とオーストラリアの小話をテーブルに持ち寄り、両国のあいだに小さな橋をかけてきました。では、もしあなたが海外でテーブルを囲むとしたら、何を持ち寄るでしょうか。
好きな料理、日本のポップカルチャーの話題、あるいは自分の仕事や地域の話かもしれません。どれも、国際関係という大きなテーマを、具体的で個人的な物語へと引き寄せてくれる素材です。
2025年の国際社会では、外交官や企業だけでなく、一人ひとりの市民の出会いや対話が、ゆるやかに世界のかたちを変えています。北京での1年を通じて見えてきた「宴会から会議室へ」という流れは、私たち自身のこれからの学び方や関わり方を考えるヒントにもなりそうです。
Reference(s):
Banquets to boardrooms: My one year of 'seeing what to believe'
cgtn.com








