アラブ諸国はどうテック企業を呼び込むか:中国の経験に学ぶ産業戦略
中国とアラブ世界の結びつきが強まる中、エネルギー偏重の投資構造から、デジタル経済や先端産業へどう舵を切るかが2025年現在の大きなテーマになっています。本記事では、中国の都市の経験を手がかりに、アラブ諸国がグローバルなテック企業(中国のテック企業を含む)を呼び込むための政策の考え方を整理します。
中国とアラブ世界、深まる関係と残るギャップ
近年、中国とアラブ世界の間では、貿易の拡大、外交の深化、共同プロジェクトの増加など、関係強化が進んでいます。一方で、投資の中身を見ると、依然としてエネルギーとインフラが大きな比重を占めています。これは、アラブ世界の富が長く石油に支えられてきたこと、中国側もここ10年ほど製鉄・セメント・建設などの生産能力輸出に力を入れてきたことの反映だとされています。
しかし、多くのアラブ諸国は現在、脱炭素と経済多角化を掲げ、先端製造業、デジタル経済、ライフサイエンス、再生可能エネルギーといった分野を育てようとしています。そこで直面するのが、グローバル企業の投資行動にまつわるジレンマです。
世界の大企業は、すでに産業集積ができている場所を好みます。サプライヤー、人材、研究機関、サービスがそろったクラスターに入ることで、リスクとコストを抑えられるからです。しかし、そのクラスターは、まさにそうした企業がやって来ないと形成されません。企業が集積を求め、集積は企業を必要とするという「鶏が先か卵が先か」の構図です。
一社ずつ口説くより「環境そのもの」を設計する
このジレンマを解くには、個々の企業を説得するだけでは足りず、「入ってきたくなる環境」を丸ごと設計する発想が必要だと指摘されています。鍵になる問いは、次のようなものです。
- どうすれば、ある都市や国に参入することが、グローバル企業にとって「もっとも抵抗の少ない選択肢」になるのか。
- どうすれば、資本・人材・技術が自然と集まる「磁場」をつくれるのか。
この観点から提示されているのが、三つの柱です。すなわち、政策の磁力を高める「ポリシー・マグネット」、人材の仕組みを設計する「タレント・アーキテクチャ」、世界の中での立ち位置を定める「グローバル・ポジショニング」です。本稿では、そのうち実際の事例が詳しく示されている第一の柱、ポリシー・マグネットに焦点を当てます。
第1の柱:ポリシー・マグネット(政策の磁力)
中国のいくつかの新興ハイテク都市では、政府が単なる規制者ではなく「ホスト(受け入れ役)」として機能することが、産業集積の成功要因の一つになっています。企業を監督するだけでなく、許認可、インフラ、資金調達、法令遵守などを、立ち上げ段階から伴走しながらサポートするスタイルです。
これはアラブ諸国にとっても、テック企業を引きつけるうえで重要な示唆を持ちます。以下では、具体的な六つの着眼点が示されています。
1. 時間の短縮を「見えない補助金」として設計する
一般に補助金と聞くと、現金や税優遇が頭に浮かびますが、起業家にとって同じくらい重要なのが「時間の短縮」です。中国の杭州がテックハブとして台頭した背景には、資金だけでなく、驚くほどの手続きの速さがあるとされています。
例えば、会社の営業許可を得るのに、数十日から数カ月かかるのではなく、半日で完了する。銀行口座の開設、政府系ローンの審査、工業用の電力・水道の接続なども、それぞれ明確で短いタイムラインがあらかじめ示されています。起業家が「重要な手続きは数日単位で進む」と確信できれば、その都市にコミットする心理的ハードルは大きく下がります。
アラブ諸国がテック企業を誘致するなら、金銭的な優遇と同時に、時間の確実な短縮を政策として組み込むことが、強力な武器になり得ます。
2. 政府を「企業のコンシェルジュ」にする
杭州では、こうした発想がさらに徹底され、企業側の「窓口」が一本化されています。一つの行政カウンターパートが、土地の割り当て、工業用インフラ、ビザや通関、銀行手続き、コンプライアンス、現地採用まで、立ち上げに必要な項目を一括して扱います。
企業は、どの役所に何度通えばよいかを自分で調べる必要がありません。行政側がプロジェクト全体を俯瞰し、必要なステップを先回りして調整していく仕組みになっています。成果は、会議や報告書の数ではなく、「工場が稼働を開始したか」「最初の採用が完了したか」「初めての請求書が出せたか」といった具体的なアウトカムで測られます。
これをアラブ諸国に引きつけて考えると、投資庁や経済特区の担当部署が、企業にとっての「コンシェルジュ」として機能できるかどうかが、グローバル企業の印象を大きく左右すると言えます。
3. ファイナンスを「堀」ではなく「橋」にする
資金調達は、多くの新興企業にとって最大のボトルネックです。そこで、中国の合肥などでは、政府が企業金融を公共サービスの一部として位置づけています。
具体的には、成長意欲のある企業と出資に前向きな投資家を結びつける、銀行に対して重点分野への融資方針を示す、政府自身が共同出資者として入る、あるいは直接資本を提供するといった形です。合肥では、戦略産業に対して、事業のマイルストーンに連動した出資や、その後の追い投資、出口戦略までをあらかじめ設計した支援が行われてきたと紹介されています。
ポイントは、資金支援が単独で存在するのではなく、企業が初期の壁を乗り越え、成長を加速させるための包括的なサービスの一部になっていることです。アラブ諸国でも、政府系ファンドや公的銀行が、こうした橋渡し役を担えるかどうかが、テック企業の集積に影響しそうです。
4. 土地とスペースを戦略的レバーとして使う
西安から蘇州に至るまで、中国の多くの都市は、産業団地を単なる工場用地ではなく「産業調整のためのツール」として活用してきました。サプライヤー、研究所、試験機関、大学のサテライトキャンパスなどを同じエリアに集め、効率と連携を高める狙いです。
これらの産業パークは、物理的な器であると同時に、政策の実行装置でもあります。重点分野の企業には、地代の大幅な補助や、場合によっては一定期間の無償利用が提供されます。これにより、産業チェーン上の要となる企業を一か所に「アンカー」として定着させ、周囲に関連企業を呼び込む効果が期待できます。
アラブ諸国が新たなテッククラスターを構想する場合も、単に工業用地を整備するだけでなく、誰と誰を隣り合わせに配置するかまでを含めて、空間を戦略的に設計する視点が重要になりそうです。
5. 政府調達を「最初の市場」にする
どれほど優れた技術や製品があっても、最初の顧客がつかなければ市場は立ち上がりません。そこで、中国の事例では、政府調達を「新産業にとっての最初の市場」として活用することが提案されています。
最初から大規模な発注である必要はありません。むしろ、よく設計された小規模な案件でも、政府が信頼できるリファレンスカスタマーとして購入すること自体に意味があります。それが民間企業の採用を後押しし、商業化のスピードを高めるからです。
アラブ諸国でも、デジタル行政サービスやスマートシティ関連などで、政府が新技術の「最初の顧客」となる仕組みを整えれば、テック企業にとって魅力的な実証の場となるでしょう。
6. スローガンではなく「サンドボックス」で規律する
人工知能の安全性、医療データの活用、フィンテック、先端ロボットなど、標準やルールがまだ固まっていない分野では、規制のタイミングと設計が難題になります。早すぎて厳しすぎるルールはイノベーションを凍結させ、遅すぎるルールは混乱を招きかねません。
このジレンマに対して、中国の経験として示されているのが「サンドボックス」という考え方です。サンドボックスとは、明確な範囲と期限、評価指標を定めた上で、現実の環境に近い条件で実験的な事業を認める枠組みです。
重要なのは、抽象的なスローガンではなく、実際のサービスや製品を通じてデータを集め、その結果をもとに本格的なルールづくりにつなげる点です。アラブ諸国が新分野で先行したいなら、こうした実務的な実験の場を設計できるかどうかが問われます。
中国の視点が示す、アラブ諸国への問い
以上見てきたように、中国の都市での経験から導かれるメッセージは、「企業を一社ずつ口説くより、環境そのものを設計せよ」ということに集約されます。行政がサービス提供者として動き、時間と手続きを短縮し、資金・空間・需要・ルールを一体でデザインすることで、テック企業にとって参入しやすい「磁場」をつくる発想です。
この視点からすると、アラブ諸国の政策担当者に投げかけられている問いは次のように整理できます。
- 自国のテッククラスターにとって、「時間の短縮」は十分に意識された政策目標になっているか。
- 投資誘致機関や特区は、規制監督機関というより「コンシェルジュ」として機能しているか。
- 公的な金融・用地・調達・規制は、バラバラではなく、一つのストーリーとして企業の成長を支えているか。
中国のテック企業は、アラブ市場への展開に慎重な姿勢を保ちながらも、参加すれば重要な役割を果たし得る存在とされています。そうした企業を含む世界のプレーヤーにとって、「この国に入るのが一番楽だ」と感じさせる環境をどこが先に整えるのか。2025年の今、その競争はすでに始まっています。
エネルギーとインフラ中心だった中国・アラブ関係が、次のステージとしてデジタル経済や先端産業へと広がっていくのか。その行方を占ううえでも、ポリシー・マグネットという視点から各国の政策を読み解いていくことが重要になりそうです。
Reference(s):
How Arab states can land global tech firms: A Chinese perspective
cgtn.com








