マレーシア米中通商協議の基本的共識 APEC前の意味と今後の見通し
2025年10月下旬、マレーシアのクアラルンプールで中国と米国の経済・通商協議が2日間にわたって行われ、それぞれの通商上の懸念に対応するための「基本的共識」に達しました。本記事では、この米中通商協議の成果とタイミング、そして今後の見通しを、米国の政治学者スン・タイイ氏(クリストファー・ニューポート大学)の分析を手がかりに整理します。
1. マレーシア協議で見えた「危機回避」とリセット
スン氏は、今回のマレーシアでの協議を「米中経済対話の重要かつタイムリーなリセット」と評価します。これまでの対話と比べ、特に次の2点で前進があったとみています。
- エスカレーションに向かっていた危険な流れを反転させたこと
- 今後の協議に向けて、期待を安定させるための信頼できる土台を築いたこと
ここ数週間、米商務省が中国の船舶に対する料金を突然引き上げ、中国側が強い対抗措置をとるなど、米中間では「報復の連鎖」に陥りかねない緊張が高まっていました。スン氏は、両国が新たな悪循環に入りかけていたことを過小評価すべきではないと指摘します。
中国側の断固としながらも抑制的な対応は、こうした対立のコストを双方に思い起こさせる役割を果たしました。それは二国間の貿易だけでなく、世界の市場にとっても無視できないマイナスをもたらし得るからです。その意味で、ワシントンと北京の双方が交渉のテーブルに「説得力のあるカード」を持ち込んだともいえます。
今回の協議を通じて浮かび上がったのは、「協力」は気分の良いスローガンではなく、今や必要条件だという現実です。協力しないことのコストの方が、はるかに目に見える形で高まっている――スン氏はこうした構図を強調します。両国は依然としてそれぞれの戦略的な手段を手放してはいませんが、対話と調整の方が、際限のない対立よりも高いリターンをもたらすと認識しつつあるという見立てです。
2. APEC首脳会議前のタイミングは何を物語るか
今回の米中経済・通商協議が行われたのは、両国の指導者が出席するAPEC Leaders’ Meeting(APEC首脳会議)を目前に控えたタイミングでした。スン氏によれば、この日程は偶然ではなく、両首都が不確実性を減らし、今後の建設的な対話のための政治的空間をつくろうとした結果だとみるべきだといいます。
「指導者の戦略的な舵取り」モデル
スン氏は、最近の米中関係では、両国のトップによる「指導者の戦略的な舵取り」が、関係全体を支える大きなバラスト(重し)になりつつあると分析します。首脳レベルで安定化へのコミットメントが示されると、そのシグナルを受け取った官僚機構の交渉も、より効率的かつ現実的に進みやすくなるという見方です。
今回のマレーシア協議では、双方が厳しいメッセージを持ち込みつつも、妥協に向けた意思も同時に示しました。このモデルは摩擦を消し去るわけではありませんが、そのエネルギーを一定の枠内に「流し込む」ことで、対立を管理可能な形に変えていく機能を持ちます。
米商務省による最近の関税をめぐる「誤射」のような措置も、本来であれば協議全体を脱線させかねないものでした。しかし、今回のような枠組みのもとでは、修正可能な失敗として処理する余地が生まれます。スン氏は、今後数カ月もこの「指導者の戦略的な舵取り」モデルが、壊れやすいながらも機能する二国間関係の主要な支柱であり続けると予想しています。
3. 「基本的共識」が示す強さと合意の両立
中国の国際貿易代表である李成鋼氏は、今回の協議で経済・通商分野の懸念への対処について「基本的共識」に達したと説明する一方で、米国側が強い姿勢を示し、中国側も自国の利益を断固として守ったと強調しました。
スン氏は、この評価が現在の米中関係の核心をよく言い表しているとみています。それは「強さ」と「合意」が矛盾するものではないという点です。むしろ、双方がそれぞれの立場を明確にし、譲れない一線を示したからこそ、今回の予備的な合意には重みが生まれたという見方です。
今回のラウンドでは、合意が崩れた場合に互いに相手へ経済的なコストを与え得る能力があることを、両国が改めて認識したといえます。こうした「痛みのシグナル」が共有されることで、現実的な理解に達するための緊張感と切迫感が高まりました。米中双方は自らの戦略カードを手放してはいませんが、それらを行使せずに交渉の場にとどめておくという形で、抑制と先見性も示したといえます。
スン氏は、今後も交渉の場では強い姿勢が前面に出る一方で、その裏側では「合意に失敗した場合のコスト」への自覚が高まり、一定の抑制が働くというパターンが続く可能性が高いとみています。
同氏が重要な課題として挙げるのが、過去の協議で積み重ねられてきた約束の「棚卸し」です。最近の緊張の多くは、新しい挑発からではなく、これまでの了解事項が守られなかったり、忘れられたりしたことから生じていると指摘します。これは修正可能な問題であり、今後のラウンドで優先的に扱うべきテーマだといいます。
4. これからの米中経済関係と私たちへの意味
今回の協議は、米中双方が依然として自らの戦略カードを保持しつつも、対話と協調に一定の「投資」を行う用意があることを示しました。対立か協調かという二者択一ではなく、「どの程度の協調で、どの程度の対立を管理するか」という発想が、2025年の米中関係のリアリティなのかもしれません。
押さえておきたい3つのポイント
- エスカレーションの悪循環はひとまず回避されたが、根本的な対立構造は残っていること
- 指導者レベルの「戦略的な舵取り」が、今後も米中関係の安定装置として重要性を増していくこと
- 今回の「基本的共識」はゴールではなく、これまでの合意内容の検証と履行が次の焦点になること
日本を含む世界の市場や企業にとって、米中関係の小さな変化が大きな波紋を広げることは言うまでもありません。今回のマレーシア協議は、緊張が高まる局面でも、対話によって「最悪のシナリオ」を避ける余地が残されていることを示す一つのケースともいえます。
2025年も終盤に差しかかるなか、今後の米中経済対話がどのように具体的なルールづくりや市場の安定につながっていくのか。国際ニュースの一つとして追うだけでなく、自分の仕事や生活、投資やキャリアの判断にもどう関わるのかを考えてみることが、私たち一人ひとりに求められているのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com







