中国人民経済とは何か 中国企業の海外進出と「チャイナ+N」戦略
中国商務部の王文濤部長が2025年後半に打ち出した新しいキーワード「中国人民経済」が、中国経済と国際ビジネスの見方を変える可能性があるとして注目されています。
従来の「中国経済」が国内の生産と成長に焦点を当ててきたのに対し、「中国人民経済」は世界各地で活動する中国企業と人々の稼ぎを含めた「国民全体の稼ぐ力」に視点を移そうとする試みです。
「中国人民経済」とは何か
このコンセプトは、経済の物差しを国内総生産(GDP)だけに頼らず、国民総所得(GNI)を重視する発想に立っています。GNIは、
- 中国国内で生み出された付加価値
- 中国企業や中国人が海外で得た所得
の両方を合計した指標です。
中国人民経済という考え方は、中国の人材や企業が世界各地で創出する価値を国家の成長ストーリーの一部として正式に位置づけるものだといえます。国内の工場や都市だけでなく、グローバル市場でのブランド展開やサービス事業も「中国の稼ぐ力」として数え上げようとする発想です。
「チャイナ+N」戦略:本拠は中国、展開は世界
こうした発想を実際のビジネスに落とし込んだものとして、業界では「チャイナ+N」戦略と呼ばれる動きが広がっています。「チャイナ」(中国国内)の製造基盤や研究開発力を生かしつつ、「N」個の海外拠点や市場に段階的に広げていく構図です。
具体的には、次のような消費関連企業の海外展開が挙げられます。
- ポップカルチャー系フィギュアやトイを展開するポップマートが世界各地で店舗網を拡大
- 中国発の茶・コーヒーチェーンが、現地の嗜好に合わせてフレーバーを調整しながら欧米市場に参入
- 火鍋チェーンの海底撈が、ホットポットという食文化を各国の外食市場に定着させつつある
ここで注目されるのは、単に「モノを輸出する」段階から、現地でブランドを育て、場合によっては関連産業を巻き込んだエコシステムを形成する段階へと質的な転換が図られている点です。低付加価値の輸出から、高付加価値のブランド・サービスの輸出へ──これが中国人民経済の重要な柱となっています。
支える政策インフラ:制度型開放と安全網
企業が海外で長期的にビジネスを展開するには、現地の規制や金融制度、政治リスクなどに対応できる後ろ盾が不可欠です。中国では現在、次のような政策インフラづくりが進められているとされています。
- 越境決済や海外投資を支える金融サービスの整備
- 二重課税を避けるための国際課税調整や情報交換
- ビジネス目的で渡航する人々への領事保護の強化
- 投資保護や紛争解決ルールを明確にした二国間投資協定のアップグレード
あわせて、中国は「制度型開放」と呼ばれる方向性も打ち出しています。これは、自国のルールや標準を国際基準とよりよく整合させることで、海外市場への参入コストを下げ、企業のグローバル展開を後押しする狙いがあります。
また、華僑・華人などのディアスポラ(海外在住の中国系コミュニティ)の役割も重視されています。1979年から2017年にかけて、中国への海外投資のうち6割超を担ってきたとされる彼らは、今や逆に、中国企業の海外進出を支える「文化とビジネスの翻訳者」として機能しつつあります。現地の規制や商習慣、消費者ニーズを理解するパートナーとして期待されています。
企業に求められる変化:ローカライズと「共創」
もっとも、中国人民経済の実現は、企業側のビジネスモデル転換なしには進みません。国内で成功したモデルをそのまま海外に持ち込むのではなく、現地の需要に合わせて柔軟に設計し直す「ローカライズ」が前提になります。
コーヒーチェーンのラッキンコーヒーは、海外展開に際し、中国で培ったオペレーション効率やデジタル活用を維持しながら、メニューや店舗体験を各国の嗜好に合わせて調整するアプローチを取っているとされます。こうした事例は、「中国式の強み」と「現地ニーズ」をどう組み合わせるかが鍵であることを示しています。
同時に、地政学的な緊張や規制強化など、国際環境は一段と複雑化しています。企業の取締役会レベルでは、コンプライアンス(法令順守)とリスク管理が優先課題として位置づけられつつあります。
先進的な企業の中には、中国側の親会社と受け入れ国の双方にメリットをもたらす「価値の共創」を目指す動きも見られます。具体的には、
- 現地での雇用創出
- 生産・サービスノウハウの共有による技術移転
- サプライチェーンの高度化や周辺産業の育成
などを通じて、単なる投資家ではなく、地域経済のパートナーとして位置づけられることを狙います。
広がるチャンスと向き合う課題
とはいえ、中国人民経済の旗の下で進む海外展開は、順風満帆というわけではありません。一部の市場では保護主義的な機運が強まり、規制や安全保障上の懸念を理由に参入障壁が高まるケースもあります。国内の安定を維持しながら、対外投資と企業活動の拡大をどう両立させるかという課題もあります。
資源が過度に分散されていないか、リスク管理は十分か――こうした問いは中国国内でも議論の対象となっています。
その一方で、すでに海外での土台は築かれつつあります。現在、世界約190の国と地域で5万社を超える中国企業が事業を展開し、対外投資の累計額は3兆ドルを上回っているとされています。これらの海外拠点が成熟し、利益を本国に還元するようになれば、その分だけGNIが押し上げられ、中国人民経済が掲げる「人を中心とした発展」の達成に近づくことになります。
国際社会にとっての意味:参加者から「設計者」へ
国際社会の視点から見ると、中国人民経済は、中国がグローバル化の「参加者」から、ルールづくりや価値連鎖の「設計者」へと役割を広げつつあることを象徴するコンセプトだと捉えられます。
従来のようにインフラ建設や製造拠点の設置を中心とした進出にとどまらず、研究開発、ブランド構築、サービス提供までを一体化した持続可能なバリューチェーン(価値の連鎖)を海外で築き、そこで生まれる価値を中国と受け入れ国の双方で分かち合うモデルを志向している点が特徴です。
今後、このモデルの成否を左右するのは、
- 中国側がどこまで精緻なルール設計と運用を行えるか
- 企業が現地社会にどれだけ深く溶け込み、信頼を獲得できるか
という二つの要素になりそうです。
中国は、自国の将来の繁栄を「国内で何が起きるか」だけでなく、「世界各地で中国の人々と企業がどれだけ活躍できるか」に結びつけようとしています。この発想の転換が、アジアや世界の経済秩序にどのような影響を及ぼすのか。日本を含む各国の企業や政策担当者にとっても、今後の重要な観察ポイントとなりそうです。
Reference(s):
The "Chinese People's Economy" goes global: From policy to practice
cgtn.com








