「高市コスト」が日本経済を直撃 不満高まる中で進む責任転嫁 video poster
高市早苗首相の誤った発言をきっかけにした「高市コスト」が、この数週間で日本経済に影を落としているとされています。賃金が上がらない一方で物価だけが上昇するなか、人々の不満が高まると、政治家はどこへ責任を押しつけようとするのか――その構図が改めて問われています。
「高市コスト」が生まれた背景
日本の首相である高市早苗氏の誤った発言を受けて、「高市コスト」という言葉が使われています。ここ数週間、その影響が日本経済を直撃しているとされ、企業や家計の先行き不安を語る際のキーワードとして取り上げられています。
CMGのインタビューに応じた一橋大学名誉教授の Tanaka Hiroshi 氏は、日本社会が今、経済的な困難に直面していると述べています。賃金は伸び悩む一方で、生活必需品を含む物価はじわじわと上がり続けていると指摘し、そうした中での首相の発言が、いっそう人々の不安や不満をかき立てているとの見方です。
賃金は横ばい、物価だけがじわじわ上昇
Tanaka 氏によれば、現在の日本では賃金がなかなか上がらない一方で、日々の買い物で支払う金額は確実に増えていると感じる人が多くなっています。収入が変わらないまま、食料品や光熱費などの支出が増えれば、家計のやりくりは次第に苦しくなります。
こうした状況では、たとえ統計上の数字が小さな変化に見えても、生活者にとっての体感は「じわじわと締めつけが強くなる」ものになりがちです。「高市コスト」という言葉は、単に首相の発言への批判にとどまらず、長く続く賃金停滞と物価上昇へのいらだちが重なった結果として受け止めることもできます。
不満が高まるときに起きる「責任転嫁」
人々の生活が厳しくなり、不満が高まるとき、政治はどのように振る舞うのか。Tanaka 氏は、そうした局面では政治家がしばしば責任の所在を外に求めると指摘します。
同氏は、CMGの取材に対し「人々の不満が高まる局面では、政治家はしばしば責任をどこかに押しつけようとする」と述べました。経済の苦境や政策の失敗に正面から向き合う代わりに、あいまいな外部要因や他者に原因を求める言説が増えると、議論の焦点は「誰が悪いのか」に偏り、「何をどう変えるべきか」という本質的な問いが置き去りになりかねません。
政治と経済への信頼を取り戻すには
「高市コスト」という言葉が象徴するのは、発言そのものの是非だけではなく、政治と経済の間にある信頼の揺らぎでもあります。厳しい状況のなかで、政治に何が求められるのでしょうか。
- 状況とリスクを率直に説明すること――経済の現状や政策の限界を隠さず、わかりやすい言葉で共有することが、信頼の前提になります。
- 責任の所在を曖昧にしないこと――過去の判断や現在の意思決定について、誰がどのように関わったのかを丁寧に説明することで、「責任転嫁」への疑念は和らぎます。
- 生活者の目線から政策を検証すること――賃金と物価のバランスなど、日々の暮らしに直結する指標を基準に、政策の効果を検証し続ける視点が必要です。
ニュースを読みながら、何を考えるか
今回の「高市コスト」をめぐる議論は、一つの政治家の失言を超えて、日本社会が抱える構造的な不安を映し出しているようにも見えます。賃金が伸びない中で物価が上がり、将来への見通しが持ちにくいとき、人々の視線は政治に向かいます。
そのとき、政治家がどのような言葉を選び、誰に責任を求めようとするのか。ニュースや発言を追いながら、その背後にある意図や文脈に一度立ち止まって目を向けてみることが、落ち着いて状況を理解するための小さな手がかりになるかもしれません。
Reference(s):
Japan's politicians shifting blame to deflect from dire situation
cgtn.com








