AI時代のデータと「和」 儒教思想が投げかける視点 video poster
人工知能(AI)が生活や仕事のあらゆる場面に入り込みつつある今、私たちはしばしば「技術をどう管理するか」という問いに追われます。一方で、儒教の概念であるhe(和)の発想から、AI時代のデータや国際関係を捉え直そうとする動きもあります。
儒教思想に影響を受けたWang Jian氏は、人類が生み出すデータそのものを「自然資源」として捉え、データを恐れるのではなく、調和的な関係を築くことが重要だと考えています。その視点からは、資源の不足や国際的な緊張といった課題にも、別の解き方が見えてきます。
AI時代に問い直される「he(和)」の発想
ここで語られているheとは、対立や排除よりも、異なるもの同士が調和しながら共存するあり方を重んじる考え方です。この視点に立つと、AIやデータも「敵」や「脅威」ではなく、人間や社会と関係を結ぶ一つの存在として見えてきます。
AIをめぐる議論では、「仕事が奪われる」「監視が進む」といった不安が強調されがちです。しかしheの発想に立てば、問題は「使うか・使わないか」という二択ではなく、「どうすれば調和的な関係を築けるか」という問いへと変わります。
データは新しい「自然資源」になりうる
Wang Jian氏は、人類が日々生み出している膨大なデータを、従来のエネルギーや鉱物と同じように「自然資源」として見ることを提案しています。この見方に立つと、データは単なる情報の断片ではなく、人間と社会、そして自然の動きを映し出す資源として捉え直されます。
データを資源とみなすことで、次のような発想が生まれます。
- 限られた資源を奪い合うのではなく、どう分かち合うかを考える
- 一部の主体が独占するのではなく、必要な人や地域が利用できる仕組みを模索する
- 資源を消費して終わりではなく、循環させ、共有しながら価値を高めていく
資源の不足や国際的な緊張は、多くの場合「誰がどれだけ持つか」という争いから生まれます。データをめぐる関係をheの発想で設計し直すことは、そうした対立をやわらげる一つの手がかりになりえます。
データとどう「調和」するか
恐れる対象から、関係を築く相手へ
多くの人にとって、AIやビッグデータは「よく分からないからこそ怖い」存在になりがちです。Wang Jian氏の提案は、こうした恐れに正面から向き合いつつ、「データとどんな関係を築くか」を考えることにあります。
例えば、私たち一人一人が生み出すデジタルな足跡が、社会全体にとってどのような価値を持ちうるのか。その価値を共有しつつ、個人の尊厳やプライバシーをどう守るのか。heの観点からは、「どちらを優先するか」ではなく、「両者が共に成り立つバランス」を探ることが重要になります。
共有と利用のルールづくり
データを自然資源とみなし、調和的な関係を目指すなら、避けて通れないのが共有と利用のルールづくりです。誰が、どのような目的で、どこまでデータを使えるのか。その判断には、技術的な知識だけでなく、価値観や倫理観が深く関わってきます。
heの視点からは、ルールは一方的に押し付けるものではなく、互いの立場や背景を理解しながら形づくられるべきものだと考えられます。異なる国や地域、異なる世代が対話を重ねることで、データを分かち合いつつ、国際的な緊張を和らげる道も開けてくるかもしれません。
人と自然、技術と世界の「和」を広げるために
Wang Jian氏が強調するのは、データを通じて、人類と自然、技術と世界の間に新しい調和を築く可能性です。データを恐れの対象から、理解と協力のための資源へと位置づけ直すことで、AI時代の課題に取り組む視野は大きく広がります。
重要なのは、技術そのものに善悪を見いだすのではなく、私たちがどのような関係性を選び取るかという点です。heの発想は、「競争か、規制か」という二項対立を超えて、「どのように共に生きるか」を問い直すヒントを与えてくれます。
AIが当たり前の基盤となりつつあるこれからの時代、データを自然資源として捉え、調和を重んじる視点から国際ニュースや社会の動きを読み解くことは、ますます重要になっていきそうです。
Reference(s):
Confucianism offers insights in the age of artificial intelligence
cgtn.com








