中国の戦国時代シルク写本 子弾庫楚帛書と文化財返還のいま
歴史は一度失われると、取り戻すまでに途方もない時間と努力が必要になります。そのことを強く思い出させてくれるのが、中国の戦国時代にさかのぼるシルク写本「子弾庫楚帛書」です。中国が世界各地で散逸した文化財を取り戻そうとする動きが強まるなか、この古い写本の物語は、希望であると同時に、これからの行動を促す「呼びかけ」としても語られています。
なぜ子弾庫楚帛書が注目されるのか
国際ニュースとしても関心を集める中国の文化財保護。その象徴的な存在の一つが、子弾庫楚帛書と呼ばれるシルク写本です。これは、中国の戦国時代の遺物であり、その「オデッセイ(長い旅路)」は、失われた歴史をいかに取り戻すかという大きなテーマと重なっています。
1942年、湖南省長沙での発見
子弾庫楚帛書が発見されたのは、1942年のことです。中央部に位置する中国・湖南省の省都、長沙市の古い墓から、紀元前300年ごろのものとされる墓葬品の一つとして掘り出されました。
「子弾庫」という名前は、長沙郊外にあった弾薬庫に由来します。当時の激動の近代史のなかで、都市周辺に弾薬庫がある風景は決して珍しいものではありませんでした。写本が見つかった地域にあったこの弾薬庫の名が、そのままこの貴重なシルク写本の呼び名となりました。「子弾庫」は文字通り「弾丸をしまう倉庫」、つまり弾薬庫を意味します。
中国最古級のシルク写本としての意味
子弾庫楚帛書は、中国で見つかったものとしては最も古いシルク写本とされています。紙が一般化する以前の古代中国では、絹に文字や図を記すことがありましたが、その実物がこれほどの形で残る例は多くありません。
この写本には、当時の宇宙観(世界がどのように成り立っていると考えられていたか)、神話、暦(こよみ)の仕組みなどに関する手がかりが記されているとされ、古代の思想や世界観を読み解くための重要な資料になっています。その意味で、この子弾庫楚帛書は、古代中国の研究でよく知られる甲骨文や敦煌文書にも匹敵する重みを持つ存在だと位置づけられています。
散逸文化財を取り戻す「旅」の象徴
このシルク写本の「オデッセイ(長い旅路)」という表現には、単なる発見の物語以上の意味が込められています。古代の墓から現代の私たちの前に姿を現すまでの道のりは、いったん散逸し、行方が分からなくなった文化財をどのように見つけ出し、守り、次世代に受け渡していくかという、より広い問いを象徴しているからです。
いま中国は、世界各地に散らばった文化財や歴史資料を追跡し、失われたピースを取り戻そうとする取り組みを強めています。子弾庫楚帛書の物語は、その流れのなかで、歴史は「自然には戻ってこない」ことを静かに教えてくれます。誰かが粘り強く探し、守ろうとしなければ、過去は容易に失われてしまうのだというメッセージです。
私たちにとっての問いかけ
子弾庫楚帛書の歩みは、次のような問いを現代の私たちにも投げかけています。
- 失われかけた歴史や文化を、自分たちはどこまで「自分ごと」として考えられるか。
- 戦乱や激動の時代に散っていった文化財を、どうすれば未来の世代へ残していけるか。
- 国境を越えて広がる文化財をめぐる議論に、私たちはどのような価値観で向き合うべきか。
子弾庫楚帛書は、戦国時代という遠い過去から届いた、静かなメッセージのような存在です。中国の文化財をめぐる最新の動きに関心を寄せることは、単に歴史の話題を追うことにとどまりません。失われかけた記憶をどう守るのかという、グローバルな課題に向き合う一歩にもつながっていきます。
Reference(s):
cgtn.com








