北京の胡同で電子廃棄物が音楽に フランス人アーティストGuibogの挑戦
フランス人アーティストのGuibogさんは、20年以上にわたって中国・北京に暮らし、胡同(フートン)と呼ばれる路地で「音の錬金術師」として知られています。中古市場や捨てられた電子機器から不思議な音を生み出すその作品は、国際ニュースとしてだけでなく、都市生活とテクノロジー、アートをつなぐ物語として注目されています。
北京の胡同に住む「音の錬金術師」
Guibogさんの暮らしの舞台は、細い路地が入り組む北京の胡同です。伝統的な家屋が並ぶこのエリアで、彼は近所の人たちから「音の錬金術師」と呼ばれています。日常の生活音が行き交う路地裏で、彼の部屋からは、時折、電子音やリズムが混ざり合った不思議なサウンドが漏れ聞こえてきます。
2025年の今も、世界各地から人が集まる大都市・北京の一角で、このフランス人アーティストは静かに制作を続けています。大きなスタジオや最新機器ではなく、胡同の小さな空間を拠点にしていることが、その作品の空気感にもつながっているようです。
捨てられた電子機器から生まれる音
Guibogさんが使う素材は、特別な高級パーツではありません。彼が足を運ぶのは、中古市場やリサイクルショップ、そして街中で捨てられた電子機器の山です。役目を終えたコードや基板、古い装置の部品など、一見「ガラクタ」に見えるものが、彼の手に渡ると表情を変えます。
配線をつなぎ直し、回路を組み替え、スイッチやノブを加えていくうちに、バラバラだった部品は、音を奏でる一つの「機械」としてよみがえります。それは、いわゆる楽器とも、一般的なスピーカーとも違う存在です。予測不能なリズムやノイズ、電子音が混ざり合い、聞く人の想像を軽く飛び越えるようなサウンドを生み出します。
こうして作られた「音の機械」は、見るだけでもどこか愛嬌があり、スイッチを入れると、思わぬところから音が鳴り、私たちの「モノの使い方」に対する感覚を揺さぶってきます。
アートとサステナビリティの交差点
Guibogさんの活動は、「捨てられたもの」と「音楽」や「アート」が交わる場所にあります。大量生産・大量消費が当たり前になった時代に、彼があえて中古市場や電子廃棄物の中から素材を選ぶことは、結果として、モノの寿命や価値について問いを投げかけています。
- まだ音を出せる部品は、本当に「ゴミ」なのか
- 最新の機器でなくても、クリエイティブな表現は可能なのか
- 壊れたものを修理・再構築する過程に、どんな意味があるのか
こうした問いは、環境問題やサステナビリティ(持続可能性)をめぐる議論とも自然につながります。Guibogさんは、スローガンを掲げているわけではありませんが、彼の作品は、見る人・聞く人に対して「モノとの付き合い方を少し変えてみないか」と静かに語りかけているようにも感じられます。
テクノロジーとアナログな日常のあいだで
捨てられた電子機器を再構築して音を生み出すという行為は、テクノロジーとアナログな日常のあいだに橋をかける試みでもあります。最新のデジタル音楽ソフトを使わなくても、目の前にある部品を組み合わせることで、唯一無二のサウンドが立ち上がります。
そのプロセスは、プログラミングや電子工作に興味のある人にとっても刺激的です。配線を変えれば音が変わり、部品の組み合わせを変えれば、まったく別のリズムが生まれる——そんな「試行錯誤の楽しさ」が、作品の裏側に積み重なっています。
デジタルネイティブ世代にとっては、画面の中だけで完結しない表現としても、Guibogさんの取り組みは参考になりそうです。手を動かし、失敗しながら、音とモノの関係を探っていく姿は、「つくること」の原点を思い出させてくれます。
路地裏から広がる、小さな変化
北京の胡同という、ごくローカルな場所で生まれているGuibogさんの作品ですが、その背景には、都市とテクノロジー、環境、アートが絡み合う、グローバルなテーマが見え隠れしています。
2025年の今、世界の多くの都市では、デジタル化やスマートシティ化が進んでいます。その一方で、Guibogさんのように、身近な電子廃棄物や中古品に手を加え、新しい意味と音を与える人の存在は、「未来のテクノロジーとの付き合い方」を考えるヒントにもなります。
日本語で国際ニュースや中国の動きを追っている読者にとっても、北京の胡同で生まれるこの物語は、遠い出来事ではありません。アジアの大都市同士という距離感の中で、「自分の街の路地裏でも、似たような実験ができるかもしれない」と想像を広げてくれます。
Guibogさんの「音の錬金術」は、世界的なニュースの大きな見出しになる話ではないかもしれません。しかし、捨てられたものから新しい音を生み出すという、ごく個人的でローカルな実践が、都市の暮らしやモノの価値観を少しずつ変えていく。その小さな変化を丁寧に見つめることこそ、これからの国際ニュースの読み方の一つなのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








