中国唯一の女帝・武則天の金帯 河南博物院が伝える唐代の物語
中国史上ただ一人の女帝・武則天の名を冠した金製の細長い板が、中国中部の河南省にある河南博物院の至宝として知られています。1982年に河南省の嵩山の岩の割れ目から発見されたこの金の帯は、唐代(618〜907年)の歴史を今に伝える貴重な手がかりです。
河南博物院の「武則天金帯」とは何か
河南博物院に収蔵されているこの金帯は、現在、同館を代表する文化財の一つとして大切に扱われています。中国史上唯一の女帝として知られる武則天の名を冠していることから、多くの来館者や研究者の注目を集めています。
限られた情報から分かる、この金帯の特徴を整理すると次のようになります。
- 唐代(618〜907年)に属するとみられる金製の遺物であること
- 1982年、河南省の名峰・嵩山の岩の割れ目に隠されるような形で見つかったこと
- 現在は河南博物院のコレクションの中でも、とくに重要な一点と位置づけられていること
唐代は、中国史のなかでも国際性と文化の豊かさで知られる時代です。その時代に関連づけられた金製の遺物が、女帝・武則天の名とともに伝わっていること自体が、大きな歴史的意味を持ちます。
1982年の発見が示すもの
この金帯は、1982年に嵩山で見つかったと伝えられています。山の岩の割れ目という、人目につきにくい場所に隠されていたことから、当時の人々が何らかの理由で大切な品を守ろうとした可能性も考えられます。
40年以上前の発見ですが、2025年の今もなお、この一片の金が研究者と来館者にさまざまな問いを投げかけています。
- 誰が、どのような意図で金帯を嵩山に残したのか
- 武則天の名とこの金帯は、具体的にどのように結び付けられたのか
- 唐代の政治や宗教、文化のどの側面をこの遺物から読み取ることができるのか
答えがすべて分かっているわけではありませんが、こうした問いそのものが、歴史を生きたものとして想像するきっかけになります。
唐代の栄華を映す小さな証言
唐代は、交易や文化交流が盛んで、東アジアやシルクロードを通じて多様な人びとと物資が行き交った時代です。金という素材は、その豊かさや権威、宗教的な象徴性を表すために用いられることが多くありました。
金帯のような小さな遺物にも、当時の高度な金工技術や、美意識、権力観が凝縮されていると考えられます。武則天の名と結び付けられていることから、この金帯は、女性が最高権力の座に就いた希有な時代の空気をも伝えていると言えるかもしれません。
2025年の私たちと古代中国をつなぐもの
スマートフォン一つで世界中のニュースや文化に触れられる2025年の今、千年以上前の金帯に目を向けることは、一見すると遠い話に思えるかもしれません。それでも、河南博物院の金帯のような遺物は、現在を生きる私たちに次のような問いを投げかけます。
- 権力や栄華の象徴として作られた品々は、時間がたつとどのような意味を持ち直すのか
- 一つの遺物から、どこまで当時の人びとの生活や感情を想像できるのか
- 国や時代を超えて文化財を共有し、守っていくには何が必要なのか
中国の歴史や国際ニュースに関心を持つ読者にとって、この小さな金帯は、古代の中国と現代の私たちを静かにつなぐタイムカプセルのような存在と言えるでしょう。河南省の博物館の展示室から、唐代の記憶は今も確かに語りかけています。
Reference(s):
cgtn.com








