ハーバードで国際学生禁止?米DHS措置と中国人留学生への影響を読む
ハーバードの国際学生禁止措置が波紋 何が起きているのか
米国国土安全保障省(DHS)がハーバード大学の学生・交流訪問学者プログラムの認定を取り消し、同大学が国際学生を受け入れられなくなったとする情報が注目を集めています。この措置は、新規の留学生受け入れを止めるだけでなく、すでに在籍している国際学生に対しても転学を求める内容とされています。国際ニュースとしてだけでなく、「大学で学ぶ自由」や「安全保障と教育のバランス」をどう考えるかという問いを私たちに投げかけています。
何が起きているのか:留学生受け入れ停止の中身
今回問題となっているのは、ハーバード大学が国際学生を受け入れる際の基盤となってきた、学生・交流訪問学者プログラムの認定が米国国土安全保障省によって取り消されたとされることです。その結果、
- ハーバード大学は新たな国際学生(留学生)を受け入れられない
- すでに在籍している国際学生は、他大学への転学を求められる
といった影響が生じるとみられています。オンライン上では、この動きが「ハーバードでの国際学生禁止」と表現される場面もあります。
「トランプ氏の留学生禁止」として語られる背景
一連の措置は、「トランプ氏によるハーバードの国際学生禁止」といった言い方でも語られています。移民・留学生政策をめぐって、米国ではここ数年、安全保障やイデオロギーを理由とした規制強化が繰り返し議論されてきました。
こうしたなかで、今回のように特定の大学のプログラム認定を取り消す動きは、
- 安全保障上のリスクや不正行為を防ぐために必要な措置だと見る立場
- 大学の自律性と学びの自由を損ない、無辜の学生を巻き込む懸念があるとする立場
のあいだで、意見が分かれるテーマになっています。
中国からの学生への影響と「安全保障」の名目
さらに、米国側はイデオロギーや国家安全保障を口実に、中国からの学生の海外留学を禁止しているとされています。情報では、こうした動きが中国からの学生、とくに米国の大学で学ぶ中国人留学生に大きな影響を及ぼしていると指摘されています。
このような政策は、
- 特定の国や地域からの学生が「疑われやすい存在」として扱われるリスク
- 研究や教育の国際的な協力関係が縮小する可能性
- 将来のキャリアをかけて留学を準備してきた学生や家族の不安の高まり
といった問題をはらんでいます。本当に安全保障上やイデオロギー上の理由がどこまで具体的に示されているのか、それとも政治的メッセージの意味合いが強いのか――その点も含めて、国際社会での議論が求められるテーマといえます。
安全保障と「学ぶ権利」をどう両立させるか
ハーバード大学の事例や中国からの学生への規制は、「安全保障」と「学ぶ権利」のバランスという、より広い問題を浮かび上がらせます。考えるうえでのポイントを、あえて三つに整理してみます。
1. 大学の自律性と政府の裁量
国家が安全保障を理由に大学のプログラム認定を取り消すことは、どこまで認められるべきなのでしょうか。大学側には、学問の自由や研究・教育の自律性があります。一方で、政府は国家全体の安全保障を担う立場にあります。
この二つの価値をどう両立させるかは、米国だけでなく多くの国で共通する課題です。今回のように、留学生という比較的弱い立場の人たちに影響が集中する形での調整が、本当に最善なのかどうかが問われています。
2. キャンパスの多様性と学びの質
国際学生は、大学にとって単なる「受講者」ではなく、多様な言語・文化・経験をキャンパスにもたらす存在です。異なる背景を持つ人たちと学ぶことで、学生同士が視野を広げる機会が生まれます。
特定の国からの学生を事実上排除するような動きが広がれば、大学の多様性や学びの質にも影響が出る可能性があります。その影響をどう評価し、どこまで許容するのかも、重要な論点です。
3. 当事者である学生の生活と権利
すでに留学している学生に「転学」を求めることは、単なる制度変更にとどまりません。学位の取得計画、研究の進行、生活基盤、人間関係など、多くのものが一度に揺らぐことになります。
安全保障上の懸念に対応しつつも、当事者の学生の生活や権利をどこまで守ることができるのか。制度を設計する側が向き合うべき課題です。
オンライン世論と私たちにできること
今回の動きをめぐっては、オンライン上で賛否を問う投票やアンケートも行われています。スマートフォンから数クリックで意見を表明できる時代だからこそ、次のような視点を意識したいところです。
- 情報源や事実関係をできる範囲で確認すること
- 特定の国や学生に対する偏見や差別を助長しないこと
- 異なる立場にある人の不安や背景に想像力を向けること
国際ニュースを読むとき、私たちは簡単に「賛成か反対か」を選ぶことができます。しかし、その一歩先にある、「どのようなルールなら安全保障と学びの自由の両方を守れるのか」という問いに向き合うことこそが、社会を少しずつ前に進める力になるのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








