キルギス映画 Black Red Yellow:織物と時間が紡ぐ静かな愛の物語
キルギス映画 Black Red Yellow が、中央アジアの伝統文化と静かな恋愛ドラマを結びつけた作品として、2025年のいま国際ニュースや映画ファンのあいだでじわりと注目を集めています。長い歴史を持つ絨毯づくりを軸に、時間をこえてよみがえる記憶と愛を描く一本です。
黒・赤・黄の絨毯がほどく記憶
舞台は、絨毯づくりが生活の一部となっているキルギスの谷間の村です。主人公のトゥルドゥグルは、谷で最も腕の立つ職人として知られる女性。長年、孤独に織り続けてきた彼女の前に、馬を世話する男カディルが現れます。
やがて二人の間には、言葉少なながらも静かに燃える恋が芽生えます。しかし、その恋は大きな言葉や劇的な告白に包まれることなく、やがて言葉なき別れへと向かっていきます。残されたのは、黒・赤・黄の文様が織り込まれた、完成しないままの一枚の絨毯だけでした。
年月が流れ、カディルの葬儀の席で、その絨毯が広げられたとき、トゥルドゥグルの心の中で、封じ込められていた記憶の糸が少しずつ解きほぐされていきます。派手な会話や説明を排し、絨毯の色彩と沈黙を通して、時間をこえた愛の記憶が静かに浮かび上がります。
中央アジア映画を象徴するアクタン・アリム・クバト
Black Red Yellow を手がけたアクタン・アリム・クバト監督は、キルギスを代表する映画作家であり、中央アジア映画を語るうえで欠かせない存在です。国際的にも影響力の大きい監督の一人とされ、「中央アジア映画の詩的な象徴」とも呼ばれてきました。
最新作となる本作でも、監督の持ち味である抒情的な映像表現が貫かれています。黒々とした山々、緑に満ちた水辺、素朴な黄土の風景、そして血のように赤い糸。自然と人の営みを重ね合わせるショットの積み重ねによって、登場人物の感情の揺れが、セリフに頼らずとも伝わってくる構成になっています。
上海国際映画祭で感じた「新旧が交差する都市」
アクタン・アリム・クバト監督は過去に、上海国際映画祭のアジアン・ニュータレント・アワード部門で審査委員長を務めた経験があります。そのときについて監督は、「多くの映画祭に参加してきたが、ここまで準備が行き届き、温かく迎えられたことはなかった」と振り返っています。
当時は、ほとんどの時間を作品の鑑賞に費やし、上海の街をゆっくり歩く余裕はなかったものの、「新しさと古さが織り合わさった街」として強い印象が残ったといいます。
Black Red Yellow を携える今回は、観客と直接対話しながら作品を紹介する機会を楽しみにしているほか、「伝統と未来が同居する大都市」としての上海を、より深く味わいたいと語っています。中央アジアと東アジアのあいだで、映画を通じた静かな交流がさらに広がっていきそうです。
絨毯づくりと愛、いまの私たちへの問い
Black Red Yellow は、一見すると小さな村の恋愛劇ですが、その背景には「技」と「時間」と「記憶」という普遍的なテーマが流れています。2025年のいま、急速に変化する社会で暮らす私たちにとっても、どこか身近な問いを投げかける作品です。
作品の注目ポイント
- キルギスの伝統工芸である絨毯づくりを、生活そのものとして丁寧に描いている点
- ほとんど言葉を交わさない恋愛が、色と手つき、沈黙を通して描かれる語り口
- 未完成の絨毯が、二人の時間と記憶のメタファー(隠喩)として機能する構成
- 山や水、土といった自然の風景が、登場人物の感情と呼応する映像表現
SNS で映画の感想を共有することが当たり前になった時代だからこそ、あえて静かな余白を残すこの作品は、観る人それぞれに異なる解釈や会話を生み出してくれそうです。日々の忙しさの中で足を止め、自分にとっての「大切な時間」とは何かを考えてみるきっかけにもなり得るでしょう。
国際ニュースとしての中央アジア映画をどう見るか
日本語で読める国際ニュースのなかで、中央アジアの映画や文化が大きく取り上げられる機会は、まだ決して多くはありません。だからこそ、キルギス発の Black Red Yellow のような作品は、地域の歴史や暮らしを「物語」として感じ取る入り口になります。
経済や安全保障といった硬いニュースだけでなく、映画やアートを通じて世界を知ることで、他地域への見方や自分自身の価値観も少しずつ変わっていきます。黒・赤・黄の絨毯が紡ぐ物語は、遠い谷の出来事でありながら、私たち自身の記憶や感情にも静かに響いてくるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








