ラオスの語り部を追うドキュメンタリー「The Guardian of Stories」
ラオスの小さな食料品店主が、実は古い伝説を語り継ぐ語り部でもある――ドキュメンタリー映画「The Guardian of Stories」は、そんな一人の男性の旅を通して、デジタル時代のいま「物語をどう守るか」という問いを私たちに投げかけます。派手な国際ニュースの陰で静かに進む文化の喪失と、その現場で格闘する人の姿を丁寧に追った作品です。
作品の概要
本作の舞台はラオスです。主人公のシファイ・タマヴォンは、日中は食料品店を営みながら、夜や空いた時間には地元の劇場で観光客に向けて古いラオスの伝説を語る語り部として活動しています。監督はClaudia BellasiとMarkus Steiner Ender。ジャンルとしては、現地の暮らしと口承文化をじっくりと記録するドキュメンタリー作品です。
小さな食料品店から始まる「物語を守る旅」
物語は、ある知らせから動き出します。ベテランの語り部が亡くなったというニュースを耳にしたとき、シファイは「このままでは語り部の文化が途絶えてしまう」と危機感を覚えます。そこで彼は店の仕事を終えたあと、遠く離れた村々へと足を運び、出会った語り部たちの物語を一本一本、ペンと紙で書き留めていきます。
派手な機材も大きな予算もない、きわめて手作業のアーカイブづくりです。しかし、だからこそ一つひとつの物語に向き合う姿勢や、語り部と語り部のあいだをつなごうとする彼の決意が浮かび上がります。
静かに消えゆく口承伝統と時間との競争
作品の背景には、「話し言葉だけに依存した文化は、語り手がいなくなればそのまま消えてしまう」というシンプルで重い現実があります。映画は、シファイが村を回る様子とともに、ラオスに伝わる古い伝説そのものも映し出し、「失われつつある記憶」と「まだ生きている記憶」のあわいを可視化していきます。
スマートフォンと動画配信が当たり前になった2025年の今、私たちは情報に囲まれて暮らしています。その一方で、地域の方言や昔話、家族だけが知るエピソードといった「ローカルな物語」は記録されないまま、静かに忘れられていくことが少なくありません。このドキュメンタリーは、そうした見えにくい危機を、ラオスという一つの地域から描き出しています。
二つのレイヤーで描くドキュメンタリー
村を歩く、揺れるカメラ
監督たちは、シファイの旅路を手持ち撮影で追いかけます。舗装されていない道を歩き、村人に戸惑いながら話しかけ、ときには質問に答えられずに言葉に詰まる。その揺れるカメラは、「完璧に準備された調査」ではなく、手探りのフィールドワークであることをはっきりと伝えます。
伝説を立ち上げる光と音
同時に、映画は語り部たちが語る古い伝説そのものを、映像として再構成します。変化する光と影、伝統音楽のリズム、俳優たちの身振りを組み合わせて、神話的な世界がスクリーンに立ち上がります。現代のラオスの風景と、遠い昔の物語世界が交互に現れることで、「今を生きる人」と「物語の中の存在」が対話しているような感覚が生まれます。
「完璧でない主人公」が映すリアル
興味深いのは、監督たちがシファイを「文化を救うヒーロー」としては描かない点です。村人から問い詰められて戸惑う表情、方言が聞き取れずに記録を取り違えてしまう場面、うまく言葉が通じずに気まずい沈黙が流れる瞬間――カメラはそうした失敗や迷いも隠さずに映し出します。
この「不完全さ」は、ロマンチックな物語としての文化保護を解体し、現場の困難をそのまま提示する試みでもあります。文化を受け継ぐことは、誰か一人の英雄的な行為ではなく、多くの人の試行錯誤の積み重ねなのだというメッセージが滲み出ています。
カメラが「物語の守り人」になるとき
本作がユニークなのは、カメラの役割を「ただ記録する装置」としてではなく、「文化を守るための道具」として捉え直している点です。監督たちは、シファイのペンと紙による記録と、撮影クルーのカメラワークを重ね合わせ、「記録する行為そのものが、文化を未来へ橋渡しする行為になり得る」と示唆します。
デジタル時代は、ともすればローカルな文化を飲み込んでしまう力を持ちながら、一方で、誰もがスマートフォン一つで記録者になれる時代でもあります。映画が提示するのは、「失われていくものをただ嘆くのではなく、記録し、共有することで未来に残す」という、ささやかだけれど実践的な態度です。
2025年の私たちへの問いかけ
ラオスの山村で語られる昔話は、日本に暮らす私たちから見ると遠い世界の出来事に感じられるかもしれません。しかし、「語り手がいなくなれば消えてしまう物語」が身の回りにない人は、ほとんどいないのではないでしょうか。地方の方言、祖父母だけが知る戦中や高度成長期の記憶、地域の祭りや風習…。どれも、記録されなければ簡単に失われてしまいます。
- 家族や地域の昔話を、音声や動画で残してみる
- 旅先で出会った人のエピソードを、その場でメモしておく
- SNSで共有するときに「誰のどんな物語なのか」を一言添える
「The Guardian of Stories」は、ラオスの一人の語り部の姿を追うことで、私たちの足元にもある「消えゆく物語」と向き合うきっかけを与えてくれます。国際ニュースの大きな見出しにはなりにくいけれど、社会の深層で進んでいる変化に光を当てるこうしたドキュメンタリーは、デジタル時代を生きる私たちにとって、静かで力強い問いを投げかける存在と言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








