中国×日本アニメ『Edge of Time』戦争と記憶をめぐる静かなファンタジー
中国制作のアニメーション作品『Edge of Time』は、戦争に引き裂かれた世界で、友情と記憶、そして希望の力を静かに問いかける物語です。中国と日本の4人の監督が参加し、多様なアニメーション表現が一つの世界に重ね合わされています。
海の底で生まれた少女アキラの旅
物語の出発点は、「タイス」と呼ばれる宇宙エネルギーが、水中の水晶の中に眠る忘れられたおもちゃと融合し、アキラという少女を生み出す場面です。アキラは波間を踊るように生きる存在として描かれます。
ある日、海に落ちた人間の少女をアキラが救ったことから、二人の孤独な魂は出会います。二人は夕暮れまで遊び、翌朝の再会を約束しますが、その約束は突然の戦争によって断ち切られます。
夜が明けると、海は黒く染まり、陸地は廃墟と化しています。アキラが浜辺に駆け上がったとき、そこにあるのは炎と瓦礫だけです。炎に包まれたアキラは、再び宇宙エネルギーの姿へと還っていきます。
それでも誰かを想う気持ちに突き動かされ、アキラは時間を飛び越える旅に踏み出します。彼女はさまざまな時代の戦争の光景を目撃しながら、記憶の重さと愛の代償を学んでいきます。
中国と日本の4監督が紡ぐアニメーション
『Edge of Time』の監督を務めるのは、Li Wei、Weng Ming、Shinichiro Watanabe、Shuhei Moritaの4人です。中国と日本のクリエイターが一つの作品に参加することで、画面には異なる感性とリズムが同居します。
映像表現は、最新のコンピューターグラフィックスと、質感のある手描きアニメーションが組み合わされた構成です。水中の光や波の揺らぎ、戦火に包まれた街の描写など、それぞれの監督のスタイルが場面ごとにさりげなく顔を出します。
単なる技術の見せ場ではなく、表現手法の切り替え自体が、時間と記憶の揺らぎを伝える装置として働いている点も特徴的です。
戦争と記憶、そして「愛の代償」をどう描くか
『Edge of Time』が描く戦争は、特定の国や地域に紐づけられてはいません。あえて匿名の戦争として描くことで、物語はより普遍的な「暴力」と「喪失」の感覚に焦点を合わせています。
時間を跳躍しながら戦争を目撃し続けるアキラの視点は、個人の記憶と歴史の記録がどのように積み重なっていくのかを象徴しているようにも見えます。忘れたい出来事ほど、深く刻まれてしまうという矛盾が、静かな映像とともに観る者に迫ります。
同時に、この作品は「愛の代償」というテーマにも踏み込みます。たった一度出会った相手を忘れられないアキラの想いは、美しくもあり、痛みを伴うものでもあります。その感情が彼女を時間の旅へと駆り立て、物語全体を動かす原動力となっています。
今を生きる私たちへの問いかけ
戦争や暴力のニュースが途切れることのない現代において、『Edge of Time』が提示するのは、大きな政治的メッセージというより、「人と人のつながりをどう守るのか」という静かな問いです。
- 忘れたい記憶と、忘れてはいけない記憶を、どうやって心の中に置いておくのか
- 遠くで起きている戦争を、自分の物語としてどこまで想像できるのか
- 誰かを強く想う気持ちは、時に自分を傷つけながらも、希望の源にもなりうるのか
こうした問いは、国境を超えて共有できるものです。中国制作のアニメーションでありながら、日本のクリエイターも参加するこの作品は、アジア発の視点から世界に向けて、普遍的なテーマを投げかけています。
国際ニュースや社会問題に関心を持つ読者にとっても、『Edge of Time』は、戦争や記憶について考えるきっかけを与えてくれる文化作品と言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








