森田修平が語る、日中アニメをつなぐ2D美学 video poster
中国と日本のアニメーションがどのように手を取り合えるのか――その鍵は、東アジアが培ってきた『2Dの美学』にあると、日本のアニメーション監督・森田修平さんは指摘します。
中国水墨画と浮世絵に通じる『平面性』
森田さんは、中国の水墨画と日本の浮世絵に共通して見られる『平面性』こそが、東アジアが真に得意とする美意識だと語ります。この平面性に根ざした2Dの象徴的な美しさは、日中のアニメーターにとって最も価値ある共通言語になり得ると見ており、そこからより深いコラボレーションが生まれると期待しています。
こうした考えを、森田さんは最近、中国の国際メディアCGTNの単独インタビューで明かしました。インタビューでは、現在の仕事だけでなく、創作への最初の情熱やアニメーション業界に入った理由についても振り返っています。
森田さんの言葉を手がかりに、東アジアの『平面性』という美学を整理すると、例えば次のような特徴が見えてきます。
- 奥行きよりも、輪郭や配置、色面で世界を表す
- 細部を描き込みすぎず、見る人の想像力に余白を残す
- 限られた線と色で、感情や時間の流れを象徴的に示す
日中アニメーションの共通言語としての2D美学
2025年現在、配信プラットフォームを通じてアニメーションは世界中の視聴者に届くようになりました。その一方で、どの地域ならではの表現を共有し、どう連帯していくのかという問いも強まっています。
森田さんが指摘する2Dの象徴的な美しさは、日中それぞれの伝統美術に根ざしながらも、現代のデジタル制作と相性が良く、次のような形で協働の土台になり得ます。
- 中国の水墨画的なにじみや余白の感覚と、日本の浮世絵的な構図や色彩感覚を、同じ画面上で響き合わせる
- キャラクターデザインや背景美術で、東アジアらしい平面構成を共有する
- 物語テーマにおいても、自然との共生や静けさなど、共通するモチーフを2D表現で掘り下げる
3DCG全盛の時代にあえて2Dを見直す意味
世界的には3DCGや実写とアニメーションを組み合わせた作品も増えていますが、森田さんの視点は、東アジア発のアニメーションが自らの強みを再確認するきっかけになります。立体感やリアルさを追いかけるだけでなく、平面だからこそ成立する記号的な強さや、抽象化された感情表現に光を当てるという発想です。
森田修平というクリエイター
森田修平さんは、オスカーにノミネートされた短編アニメーション『Possessions』(2013年)や、アニメシリーズ『Tokyo Ghoul』(2014年)の第1期と第2期の監督を務めたことで知られています。短編作品からシリーズ作品まで幅広く手がけてきた経験が、東アジアの美学と現代のアニメ制作をつなぐ視点につながっていると言えるでしょう。
CGTNのインタビューでは、初期の創作への情熱や、アニメーション業界に飛び込んだきっかけについても語りました。個人的な原点を振り返ることは、単なる作品紹介にとどまらず、どのような価値観や景色を大切にしてきたのかを共有する行為でもあります。
自分がなぜアニメを作るのかという問いに向き合うことは、国境を越えて作品を届ける時代において、どのような物語と言葉を共有できるのかを考えることにもつながります。日中のクリエイターが互いの背景を知り合うことで、2Dの平面表現を軸にした新しい作品づくりがいっそう進むかもしれません。
視聴者として何を受け取れるか
森田さんの発言は、制作現場だけでなく、アニメを楽しむ私たち視聴者にとってもヒントになります。日中のアニメ作品を見るとき、物語だけでなく、画面の平面構成や余白の取り方に目を向けてみると、新しい発見があるかもしれません。
今回のメッセージから、特に次の三つのポイントが浮かび上がります。
- 中国の水墨画と日本の浮世絵に共通する『平面性』は、東アジアが世界に発信できる独自の強みである
- その2Dの象徴的な美しさは、日中アニメーションのクリエイター同士が対話し、協働するための共通言語になり得る
- 作品の裏側にある創作の原点を知ることで、国際ニュースでは見えにくい文化的なつながりや相互理解の可能性が見えてくる
アニメを通じて異なる社会や文化を知ろうとすること自体が、今の世界では大切な営みになっています。日中のアニメーションをつなぐ2Dの美学という視点は、これからの国際ニュースの読み方や、東アジアのカルチャーをどう受け止めるかを静かに問い直してくれます。
Reference(s):
Shuhei Morita: Bridging China-Japan animation with 2D aesthetics
cgtn.com








