映画『731』が暴く戦時中の残虐行為 市民目線で描く歴史ドラマ
2025年9月18日に公開された歴史ドラマ映画『731』は、中国人民の日本侵略に対する抵抗戦争を、普通の市民の目線から描き出す作品です。第二次世界大戦期にハルビンで活動した旧日本軍の「731部隊」が行った戦時下の残虐行為を、被害者側の視点から見つめ直そうとしています。
映画『731』とはどんな作品か
『731』は、趙林山(Zhao Linshan)監督による歴史ドラマで、中国人民の対日戦争をテーマにしています。物語は、前線の軍人ではなく、戦争に巻き込まれた一般市民や抵抗勢力の人びとを中心に進みます。
舞台となるのは、当時のハルビンに設置されていた日本の「731部隊」です。この部隊は「給水と防疫」を名目に活動していましたが、その裏では生物兵器の研究や、捕らえられた市民や抵抗戦士に対する非人道的な人体実験を行っていたとされています。
映画は、こうした行為の全体像を大きなスケールで見せるというより、被害を受けた一人ひとりの視点や感情に焦点を当て、戦争犯罪の実像に迫ろうとしています。
「加害の構造」を市民の目線で描く意味
戦争を描く映画は、どうしても軍事指導者や兵士に焦点が当たりがちです。『731』が特徴的なのは、歴史を「普通の人」の物語として語り直そうとする点です。
捕らえられた市民や抵抗戦士の立場にカメラを置くことで、作品は次のような問いを観客に投げかけます。
- 戦争は、市民の日常をどのように壊していくのか
- 科学や医療の名の下で行われた行為は、どこまでが「研究」で、どこからが「犯罪」なのか
- 極限状況の中で、人間の尊厳はどのように守られ、あるいは踏みにじられるのか
こうした問いは、第二次世界大戦期の出来事にとどまらず、今日の国際社会における人権や軍事研究を考えるうえでも避けて通れないテーマです。
忘れられないための「映像化」
『731』の制作意図として強調されているのは、「被害者の物語を忘れさせない」という思いです。資料や証言の形でしか触れられなかった歴史を、映像作品として再構成することで、若い世代にも届きやすい形にしようとしています。
とくにスマートフォンでニュースや動画を日常的に見る世代にとって、映画やドラマは、教科書だけでは伝わりにくい戦争の「空気」や感情を理解するための重要なメディアになりつつあります。
一方で、実際の被害や苦しみを扱う映像表現では、過度な刺激的描写を避けつつ、現実から目をそらさせないバランスが求められます。『731』は、被害者の視点に立つことで、単なるショック表現ではなく、「なぜ起きたのか」「二度と起こさないために何ができるのか」を考えさせることを目指しています。
いま観客に突きつけられる三つの問い
公開から数カ月が経った今、映画『731』が観客に投げかける問いは、次の三つに整理できます。
- 歴史をどう記憶し、どう継承するか
加害と被害の歴史を直視することは、誰かを一方的に責めるためではなく、同じ過ちを繰り返さないための前提条件だと作品は訴えます。 - 科学と倫理の関係をどう考えるか
生物兵器や人体実験というテーマは、今日の生命科学や軍事技術の発展とも無関係ではありません。研究と倫理の境界を誰がどのように守るのかという問題が浮かび上がります。 - 隣国の歴史とどう向き合うか
中国人民の抗日戦争を描く作品を、日本を含むアジアの人びとがどう受け止めるのかは、今後の地域の対話にも関わるテーマです。映画は、対立をあおるのではなく、歴史を共有するための出発点にもなりえます。
これから『731』を見る人へのヒント
これから映画『731』を見る人にとって、大切になりそうなのは「自分ならどう感じるか」という想像力です。物語の細部よりも、以下のようなポイントを意識してみると、作品が投げかける問いがより立体的に見えてきます。
- 戦争が始まる前と後で、市民の生活はどう変化していくか
- 「給水と防疫」という名目と、実際に行われている行為とのギャップ
- 恐怖や暴力の中でも、人間としての良心や連帯はどのように現れるのか
歴史映画を見ることは、過去を追体験するだけでなく、現在の自分たちの社会を映し出す鏡を見る行為でもあります。『731』は、重いテーマを扱いながらも、私たちに「記憶することの責任」と「平和を選び続ける意思」を静かに問いかける作品だと言えるでしょう。
Reference(s):
Exposing wartime atrocities, film '731' set for September 18 release
cgtn.com








