ゲームは文化の橋に 体験的真正性がひらく新しい対話
ゲームは文化の橋に 体験的真正性がひらく対話
ここ10年でビデオゲーム産業は大きく成長し、中国は世界有数の市場になっています。そのなかで、ゲームは単なる娯楽をこえて、学びや国際的な対話を生み出す新しいメディアとして注目されています。
北京師範大学でゲーム研究を行うフェラニア・リウ氏は、中国初の公開ビデオゲームアーカイブ「Homo Ludens Archive」のキュレーターでもあります。リウ氏は、ゲームがどのように教育の道具となり、文化間の理解を深めるかを分析し、そのキーワードとして「体験的真正性(experiential authenticity)」を挙げています。
「Black Myth: Wukong」が示した能動的な文化理解
世界中の何百万人ものプレーヤーがゲーム「Black Myth: Wukong」で中国の古代寺院を探索したとき、彼らはただ眺めていただけではありませんでした。配信者たちは『西遊記』を読み始め、ファンは神話を整理したデータベースを作り、ゲームに登場する実在の文化遺産への訪問者は300%も増加しました。
ここには、受動的な「見る」から能動的な「関わる」への大きな転換があります。ゲームの世界を歩き回り、物語に参加し、システムと相互作用するなかで、プレーヤーは文化を外側から鑑賞するのではなく、その内側に入り込むような感覚を得ます。これが体験的真正性です。
体験的真正性とは、プレーヤーの行動と環境、物語、ルールが結びつくことで、「本当にそこにいる」と感じられる状態を指します。この感覚があるからこそ、ゲームは文化の橋として機能し、現実世界での読書や観光といった行動の変化にもつながっていきます。
「見せる」から「体験させる」へ テーマ的真正性との違い
従来の文化発信は、衣装や建物、歴史的な出来事などを正確に描く「テーマ的真正性」を重視してきました。見た目としての正しさを追求するこのやり方は、精巧な写真を見せることに似ています。しかし、写真だけでは、その山を登る苦しさや達成感までは伝わりません。
体験的真正性は、別の問いを投げかけます。「どれだけ正確に再現するか」ではなく、「プレーヤーにその文化の核となる価値をどう体験してもらうか」です。プレーヤーが自分で判断し、選択し、結果を引き受けるプロセスそのものが、文化を理解する道になっていきます。
このとき、文化の伝達は一方通行の独白ではなく、プレーヤーとの対話へと変わります。ゲーム側はルールや物語を提示し、プレーヤーは行動で応答する。その往復のなかで、価値観や世界観がゆっくりと共有されていきます。
ルールに刻まれた価値観 「Papers, Please」の例
パズル要素を持つシミュレーションゲーム「Papers, Please」は、講義やナレーションではなく、ゲームの仕組みを通じて権威主義のもとでの道徳的ジレンマを体験させます。プレーヤーは国境検問所の職員として、非人間的な判断を迫られ、誰かを通すか、拒むかという決断を繰り返します。
このときプレーヤーは、画面の外から制度を眺めているのではなく、その制度の一部として重さを引き受けています。ゲームのルールやインターフェースは、文化や政治の抽象的な説明ではなく、「体験」としての理解を生み出します。
リウ氏は、ゲームにおける文化は、ビジュアルや音楽といった「形(qi)」だけでなく、その奥にある原理やルール、すなわち「道(dao)」に宿ると指摘します。従来のメディアが文化を「語る」ものだとすれば、デジタルゲームは文化を「演じさせる」メディアだと言えるでしょう。
批判的に遊ぶ力が、ゲームを「文化の橋」に変える
こうした深い関わりが生まれるためには、プレーヤー、開発者、そして社会全体が、ゲームの表面的な娯楽性だけでなく、その裏側にある価値観やルールを読み解く力を持つことが重要だとされています。
- プレーヤーは、「なぜこのルールなのか」「この選択を迫る意図は何か」と問いながらプレーすること。
- 開発者は、文化的な価値や問いをゲームのシステムにどう埋め込むかを意識的に設計すること。
- 社会や教育現場は、ゲームを単なる息抜きではなく、学びや異文化理解のきっかけとなるメディアとして扱うこと。
ビデオゲーム産業が成熟し、中国を含む世界各地で市場が拡大するなか、体験的真正性を備えた作品は、国境を越えた対話の場としてますます重要になっていきます。ゲームが私たちに問いかけるのは、「どんな文化を見せるか」だけではなく、「どんな文化を一緒に生きてみるか」なのかもしれません。
Reference(s):
Games as cultural bridges: The power of experiential authenticity
cgtn.com







