白頭ラングールのフンが教えてくれる絶滅危惧種保護の最前線 video poster
中国南部の石灰岩の崖で暮らす絶滅危惧種・白頭ラングールを守るため、研究者たちが毎日集めているのは意外にも「フン」です。フンに含まれる遺伝子やホルモンを詳しく調べることで、健康状態やストレス、そして人間活動の影響まで読み解き、保全策につなげています。
なぜ「フン」が絶滅危惧種を救う鍵なのか
多くの人にとってフンは「ただの廃棄物」に見えるかもしれません。しかし、中国南部の白頭ラングールの保護現場では、フンはこの希少なサルを守るために欠かせない「情報の宝庫」になっています。フンからは、遺伝子情報やホルモンの状態、さらには腸内細菌叢の構成まで読み取ることができるからです。
石灰岩の崖で続く地道なフィールドワーク
広西・崇左白頭ラングール国家級自然保護区では、研究者たちが毎日、山の斜面を歩き回りながらフンを探しています。白頭ラングールは中国南部の石灰岩の崖で暮らし、崖の高い場所に夜間のねぐらを構えます。そのねぐらの周辺には、フンに含まれる腐食性の物質によって、黄褐色や暗褐色のしみが岩肌に残ります。
研究者たちは、このしみを手がかりに、崖下に落ちたフンの採取地点を特定します。崖に残った小さな色の変化が、絶滅危惧種の未来を左右する重要な手がかりになっているのです。
遺伝子と腸内細菌から見える健康状態
集めたフンは研究室に運ばれ、まず遺伝子解析にかけられます。白頭ラングールのフンに含まれる遺伝子をシーケンス(配列決定)することで、腸内細菌叢の構成を詳しく調べることができます。腸内細菌叢とは、腸の中にすむ多様な細菌の集まりのことです。
研究チームは、この腸内細菌叢のデータから、環境要因が白頭ラングールの健康にどのような影響を与えているのかを探ろうとしています。フンのみを採取して分析する方法であれば、動物を捕獲する必要がなく、白頭ラングールへの負担を抑えながら長期的な変化を追跡できます。
フンで分かるストレスと人間活動の影響
フンから分かるのは腸内環境だけではありません。研究者たちは、フンに含まれるコルチゾールというホルモンの濃度も測定しています。コルチゾールは、体がストレスを受けたときに分泌が高まるホルモンの一つで、そのレベルを調べることで、白頭ラングールが長期的なストレスにさらされているかどうかを評価できます。
広西師範大学生命科学学院のZhou Chunfang氏は「人間の活動は白頭ラングールの生息環境に影響を与え、その結果として体内のコルチゾール濃度が上昇し、慢性的なストレスにつながる可能性がある」と指摘します。
これまでの研究では、長期間ストレス状態にある個体ほど皮膚をかく行動が増える傾向が示されています。皮膚をかき続けることで傷ができ、そこから細菌や寄生虫に感染しやすくなり、そのことが白頭ラングール全体の個体群に悪影響を及ぼすおそれがあります。
観光地に「緩衝地帯」をつくる理由
研究チームが目指しているのは、コルチゾールのレベルと人間活動との関係を明らかにすることです。例えば、観光客が多く訪れるエリアや、騒音が大きい場所に近いグループほどストレスホルモンが高いのかどうかを、フンのデータから読み解こうとしています。
こうした分析結果は、観光地にどのような「緩衝地帯(バッファゾーン)」を設けるべきかを決める際の科学的な根拠になります。人の出入りが多いエリアから一定の距離を保ったり、静かな時間帯を確保したりすることで、白頭ラングールにとってより好ましい生息環境をつくり出し、繁殖の成功率を高め、個体数の回復を支えることが期待されています。
300頭から1400頭超へ 科学主導の保全が生んだ成果
白頭ラングールは、世界でも最も希少なサルの一つとされる種です。1980年代には個体数がわずか300頭にまで減り、「極めて危機的な状況」に置かれていました。しかし、科学的なデータに基づく保全策が積み重ねられた結果、現在では1400頭を超えるまでに回復しています。
フンという、一見すると価値がないように見えるものから、遺伝子、腸内細菌叢、ホルモンといった多層的な情報を引き出し、生息環境の改善につなげてきたことが、この回復を支えています。
おわりに:私たちの暮らしと野生動物をつなぐ視点
白頭ラングールのフンをめぐる研究は、人間の活動が野生動物に与える影響を「見える化」する試みでもあります。観光を含む日常の行動が、動物たちのストレスや健康状態にどう関わるのかを、科学的に確かめようとしているのです。
観光と自然保護をどう両立させるのか――白頭ラングールの事例は、その問いを私たち一人ひとりに静かに投げかけています。自然の中を訪れるとき、動物との距離や静けさをどう守るかを考えてみることが、遠く離れた崖の上で暮らすサルたちの未来にもつながっていきます。
Reference(s):
White-headed langurs: Why their poop is key to their survival
cgtn.com








