広州・高埔村 400年の歴史と詩人の伝説が残る田園地帯
導入:広州の「詩的な田園」、高埔村とは
中国南部の都市・広州の増城区にある高埔村は、400年以上の歴史を持つとされる村です。村の人びとが、唐代(618〜907年)の詩人官僚・張九齢の子孫であるという誇り高い伝説も受け継がれており、「詩的な田園」として語られています。
2025年のいま、都市の高層ビルやデジタル技術の話題がニュースを賑わせる一方で、このような小さな村の物語は、私たちに別の時間の流れと価値観を思い出させてくれます。
400年以上続く村の時間
高埔村は、400年を優に超える歴史を背負っていると伝えられています。ひとつの村がそれだけ長く続くということは、多くの世代が同じ土地に根を下ろし、日々の暮らしや行事を積み重ねてきたことを意味します。
具体的な景色や建物の一つひとつは時代とともに変わってきたとしても、「同じ場所で生き続けてきた」という記憶は、土地への愛着や連帯感として残ります。高埔村の長い歴史は、そうした時間の蓄積そのものだと見ることができます。
唐代の詩人官僚・張九齢の子孫とされる人びと
高埔村には、村の人びとが唐代(618〜907年)の詩人官僚・張九齢の子孫であるという伝説が伝わっています。この物語は、単なる血縁の話にとどまらず、村全体のアイデンティティを形づくる重要な要素になっています。
「物語」が生む誇りとつながり
歴史上の人物とのつながりを語り継ぐことは、自分たちのルーツに意味を見いだそうとする営みでもあります。張九齢のような詩人官僚の名が語られることで、高埔村の人びとは自らの村を、詩や教養、公共への責任といった価値と結びついた場所として意識しているのかもしれません。
事実関係の細部よりも大切なのは、この伝説が村の人びとにとって誇りの源になっているという点です。「自分たちはどこから来たのか」という問いに、村全体で共有できる答えがあること自体が、大きな支えとなります。
高埔村の物語から見える、現代への問い
デジタル技術が発達し、世界中のニュースやコンテンツにすぐアクセスできる2025年。そんな時代だからこそ、高埔村のような「詩的な田園」の物語は、私たちに次のような問いを投げかけます。
- 日常の風景の中に、何世代分もの時間がどのように重なっているのか。
- 家系や土地の物語が、人びとの自己イメージや生き方にどんな影響を与えるのか。
- 大都市の近郊に残る田園や村落の価値を、私たちはどう評価し直すべきなのか。
ニュースというと、政治や経済の大きな動きに目が向きがちです。しかし、広州の一角にひっそりとたたずむ高埔村のような場所の存在を知ると、「歴史」や「文化」は決して教科書の中だけにあるものではなく、人びとの暮らしとともに今も続いているのだと実感できます。
「詩的な田園」をどう楽しみ、共有するか
高埔村のような物語を知ったとき、私たちにできることは派手なアクションではありません。むしろ、静かに耳を傾け、そこに流れてきた時間を想像し、自分自身の足元にある物語と結びつけて考えてみることです。
- 地名や村の由来を調べてみる。
- 家族や友人と、自分たちのルーツについて話してみる。
- SNSで、高埔村のような場所の存在を共有し、感想を交わしてみる。
こうした小さな行動の積み重ねが、「どこで、どのように生きていくのか」という問いに対する、自分なりの答えを深めてくれます。
おわりに:高埔村から広がる想像力
広州の増城区にある高埔村は、400年以上の歴史と、唐代の詩人官僚・張九齢の子孫が暮らすと伝わる物語を抱えた「詩的な田園」です。その存在に触れることは、遠い土地の話を知ること以上に、「自分たちの身近な場所にも同じような物語が眠っているのではないか」と想像するきっかけになります。
国際ニュースを日本語で追いかける日常の中で、ときどき視線を小さな村や地域の物語に向けてみる。そこから、世界を見る目線が少しだけやわらかく、そして深くなっていくのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








