平遥古城とは?西周創建から2700年、明清の街並みが残る理由 video poster
中国本土・山西省の「平遥古城(へいようこじょう)」は、西周期に創建されてから2700年以上の歴史を持ち、明(1368-1644)・清(1644-1911)の典型的な都市の姿が今も色濃く残る場所として注目されています。城壁から路地の奥まで“都市の骨格”が保たれている点が、この古城の大きな魅力です。
西周期に創建、2700年以上の時間を抱える「古城」
平遥古城は、資料上「西周期に創建された」とされ、現在(2026年1月時点)から見ても2700年以上前にさかのぼる長い時間を背負っています。時代の波をくぐり抜けながらも、都市としてのかたちが崩れきらず残ったこと自体が、まず一つのニュース性だと言えます。
明・清の“典型都市”が残る、という意味
平遥古城が「明・清王朝期の典型的な都市の保存例」と評される理由は、建物が点で残るだけでなく、街としてのまとまりが線と面で残っているからです。街路のつながり、商いの場、暮らしの場、信仰の場が、ひと続きの都市空間として見える——その立体感が特徴です。
いまも確認できる“街の部品”
- 城壁:都市の輪郭が途切れず残る
- 通り・路地:日常の動線が歴史の器として残る
- 商店:買う・売るという営みの記憶を伝える
- 住居:暮らしのスケール感が街並みに現れる
- 寺院:精神文化が都市の景観に溶け込む
「伝統的な都市計画」が残ることの見どころ
平遥古城は「伝統的な中国の都市計画に沿って配置されている」とされます。ここでのポイントは、単体の建築の古さ以上に、街路・店舗・住まい・寺院が相互に支え合う配置が読み取れることです。歩いていくほどに、都市が“設計された生活空間”だったことが伝わってきます。
世界の訪問者を惹きつける、変わらない歩幅
こうした歴史的な路地や建築は、現在も世界各地から訪れる人々を引き寄せています。旅先で求められるものが、派手な新しさだけではなく「時間の層に触れる体験」へと広がっていることを、平遥古城は静かに示しているのかもしれません。
そしてもう一つ、読後に残る問いがあります。都市の便利さを更新し続けることと、都市の記憶を保つことは、どう両立しうるのか。平遥古城は、その難題を“街のかたち”で考えさせる存在として、2026年のいまも語りかけてきます。
Reference(s):
cgtn.com








