佛山の白眉拳、達人とゲーム『Sifu』が結ぶ世界 video poster
2026年3月現在、武術は道場の中だけで完結しない存在になりつつあります。中国本土・佛山で受け継がれる白眉拳(Bak Mei)が、師匠と弟子、そしてゲームという意外な回路を通じて、国境を越えた「体験」として広がっています。
白眉拳(Bak Mei)とは:省くことで強くなる功夫
佛山で鍛えられてきた白眉拳は、動きの無駄を削ぎ落とした「省力」と、至近距離での鋭い打撃を特徴とする功夫(カンフー)だといいます。達人の手は、まっすぐでありながら円を描き、柔らかいのに爆発的──相反する要素が同居するのが印象的です。
近距離での攻防は、派手さよりも「触れた瞬間に決まる」精密さがものを言います。だからこそ、見た目の演武よりも、体の使い方や間合いの読みが核心になります。
系譜の守り手:劉維新が伝える“手の中の技術”
この白眉拳の系譜を守る人物として紹介されているのが、劉維新(Liu Weixin)です。師匠の手の動きは、柔と剛、直線と曲線を切り替えながらも破綻せず、積み重ねた時間そのものが技術になっていることを感じさせます。
武術の継承は、型や理論を覚えるだけでは足りません。どの距離で、どの角度で、どれほど力を「出し」「抜く」のか。言葉よりも先に、身体で理解する領域があります。
フランス人の弟子がゲーム『Sifu』へ:体験としての伝統
注目したいのは、劉維新の弟子の一人がフランス出身であり、その人物が人気ゲーム『Sifu』で武術監修(マーシャルアーツ・ディレクター)を務めた、という点です。海を越えた弟子が、白眉拳のエッセンスをデジタルの体験に変換し、世界のプレイヤーが触れられる形にしたことになります。
ゲームの中で再現される動きは、現実の修練そのものではありません。それでも、
- 動きの「省き方」
- 近距離での緊張感
- 直線と円運動の切り替え
といった骨格が伝わることで、「知る」だけでなく「感じる」入口が生まれます。伝統文化が、保存と同時に翻訳されていく現代的な光景です。
達人に会うことは、文明同士の対話になる
武術の師弟関係は、技の伝達であると同時に、価値観の受け渡しでもあります。今回の話が示すのは、師匠と弟子の出会いが、そのまま文明同士の対話になりうるということです。
道場の床で磨かれた動きが、遠い国の制作者の手を経て、さらに別の国のプレイヤーの指先へ届く。そこには「同じ文化になる」でも「違いを競う」でもない、静かな往復があります。世界の文化の庭は、こうした小さな往来で、少しずつ豊かになっていくのかもしれません。
白眉拳(Bak Mei)の物語は、古い技が新しい器に入ったという単純な話ではなく、「人が会う」ことで文化が立ち上がる、という出来事として読めます。次に私たちが何かの“技”を見たとき、その背後にある出会いの連鎖にも目を向けてみたくなります。
Reference(s):
Meeting masters, connecting worlds: The legacy of Bak Mei style
cgtn.com








