韓国ユン大統領逮捕状をめぐる街の声 揺れる世論を読む video poster
今年1月、韓国で現職のユン・ソクヨル大統領に逮捕状が出され、捜査当局が大統領官邸に入るという前例のない事態が起きました。逮捕を支持する人と「ナンセンスだ」と反発する人が真っ向から対立し、世論の分断が一気に噴き出しています。
今年1月に何が起きたのか
高位公職者の汚職などを捜査する韓国の機関「高位公職者犯罪捜査処(CIO)」は、2025年1月3日、弾劾訴追を受けたユン・ソクヨル大統領の逮捕状を執行するため、大統領官邸を訪れました。
しかし、対立は続き、ソウルの裁判所が出した逮捕状を実際に執行することは「事実上不可能だ」とCIO側が判断し、捜査チームは官邸をあとにしました。現職大統領に対して逮捕状が出されたのは、韓国では史上初めてとされています。
翌1月4日には、韓国各地で市民が街頭に集まりました。中国のメディアCGTNのストリンガー(現地映像記者)は、大統領が検事としてキャリアをスタートさせた縁の地・テグ(大邱)で、市民にマイクを向けています。
テグの街で聞いた2つの声
テグのインタビューで印象的だったのは、「逮捕は必要だ」と語る人と、「大統領を逮捕するなんてあり得ない」と怒りをあらわにする人が、同じ街角で共存していたことです。
「反乱の指導者だから逮捕すべき」ナ・ジェヒョンさん
文化プランナーのナ・ジェヒョンさんは、ユン大統領の逮捕は必要だと考えています。ナさんは、ユン氏を「反乱の指導者」だと表現し、その責任を問うべきだと主張しました。
ここでいう「反乱」とは、単なる政権批判ではなく、既存の秩序や制度を揺るがす行為だとナさんは見ていると考えられます。ナさんの視点に立てば、たとえ相手が現職大統領であっても、法のもとで責任を問わなければ、民主主義そのものが空洞化してしまうという危機感がにじみます。
ナさんの発言には、次のような問題意識が読み取れます。
- 「誰であっても法の支配から逃れてはならない」という考え方
- 大統領の権限が強い政治システムのもとで、権力の暴走をどう抑えるかという問い
- 政治的な対立ではなく、「反乱」という例外的な行為として捉えている点
ユン大統領の逮捕を支持する市民にとって、この逮捕状は単なる「政争」ではなく、民主主義を守るための一線だという意味合いを持っていると考えられます。
「大統領の逮捕なんてナンセンス」パクさんの懸念
一方で、退職者のパクさんは、ユン大統領の逮捕には強く反対する立場です。パクさんは、逮捕の動きを「ナンセンス(ばかげている)」だと切り捨て、「大統領には戒厳令を宣言する権利があるのだから、そんなこと(逮捕)は起きるべきではない」と語りました。
「戒厳令」とは、有事など非常時に軍が治安を担当するなど、通常とは異なる統治体制を敷く措置を指します。パクさんの発言には、国家の安定と安全保障を守るためには、大統領の権限がある程度強くなければならない、という考えが反映されていると言えるでしょう。
パクさんが感じている不安や怒りの背景には、次のようなポイントが潜んでいそうです。
- 大統領が逮捕されれば、国家の統治そのものが混乱するのではないかという懸念
- 捜査機関や裁判所が政治的に利用されているのではないかという警戒
- たとえ問題があっても、任期中の大統領は特別に扱うべきだという感覚
同じ出来事を前にしても、「法の下の平等」を重視する見方と、「国家の安定」を優先する見方が鋭くぶつかっていることがわかります。
市民の分断が浮かび上がらせる3つの問い
テグの街頭インタビューから見えてくるのは、賛成か反対かという単純な対立ではなく、韓国社会が抱える深い問いそのものです。キーとなる論点を3つに整理すると、次のようになります。
- 1. 大統領の責任と免責の線引き
現職大統領にも、他の市民と同じように刑事責任を問うべきなのか。それとも、任期中は政治的安定のために特別な保護が必要なのか。 - 2. 「非常時」と民主主義の関係
戒厳令のような非常時の権限をどう位置づけるのか。安全保障の名の下に、民主的な手続きや人権がどこまで制限されてよいのか。 - 3. 抗議や「反乱」をどう捉えるか
大規模な抗議行動や政治的な動きを、「民主主義の表現」とみるのか、「秩序を乱す反乱」とみるのか。その線引きは誰がどのように決めるのか。
ナさんとパクさん、どちらの意見の中にも、民主主義にとって重要な問いが内包されています。街頭の短いコメントだからこそ、政治の教科書には出てこない、市民感覚としての「民主主義のリアル」が見えてきます。
国際ニュースとしての意味 日本からどう見るか
日本の読者にとって、韓国の大統領逮捕状は「隣国の騒動」として消費してしまいがちです。しかし、ユン大統領をめぐる今回の動きは、東アジアの政治や安全保障、そして民主主義の在り方を考えるうえで、多くの示唆を含んでいます。
- 強い行政府と独立した司法のバランスをどう取るのかという問題は、日本を含む多くの国に共通するテーマです。
- SNSの発達で、街頭の声や市民の分断が可視化されやすくなった現代では、政治的対立が一気に拡大・先鋭化するリスクも高まっています。
- 隣国で政治的な混乱が起きれば、外交や経済、地域の安全保障など、日本の生活にも間接的な影響が及ぶ可能性があります。
だからこそ、単に「賛成か反対か」ではなく、「なぜここまで分断が深まっているのか」「その背景にはどんな不安や期待があるのか」に目を向けることが、国際ニュースを読むうえで重要になってきます。
おわりに 街の声から見える韓国民主主義の現在地
今年1月、初めて現職大統領に逮捕状が出たというニュースは、韓国民主主義の「転換点」として、国内外の注目を集めました。そのただ中で、テグの街頭に立ったナ・ジェヒョンさんとパクさんは、それぞれ全く異なる言葉で自分の民主主義観を語っています。
「反乱の指導者だから逮捕すべきだ」と語る声と、「大統領の逮捕なんてナンセンスだ」と怒る声。そのどちらもが、今の韓国社会の一部であり、どちらの背後にも不安や期待、歴史の記憶があります。
国際ニュースを日本語で追う私たちにできるのは、どちらか一方を「正しい」「間違っている」と決めつけることではなく、そうした複雑な感情と論点を丁寧に読み解くことです。テグの街頭で交わされた短い言葉は、隣国の政治を「他人事」で終わらせないための、大切な入り口になっているのではないでしょうか。
Reference(s):
cgtn.com








