イラン報復攻撃後のハイファ 空っぽの街が映す緊張【国際ニュース】 video poster
2025年6月13日、イスラエルとイランの軍事的緊張が一気に高まりました。イスラエルがイラン国内の軍事・核関連施設200カ所以上を標的に大規模な空爆を行い、その数時間後にはイランがイスラエル各地へ報復攻撃を行ったと伝えられています。
イランはその夜遅く、テルアビブ、エルサレム、ハイファなど複数の都市に向けて、数百発規模のミサイルと無人機(ドローン)を発射しました。イスラエル側の公式発表によると、この一連の攻撃で少なくとも3人が死亡し、数十人が負傷したとされています。
一夜で変わった街の空気
攻撃の翌朝にあたる6月14日、イスラエルの都市ハイファの様子を伝えたのが、CGTNのストリンガー(現地取材協力者)、トニーさんです。トニーさんは、前夜に体験した「恐怖の数時間」と、翌朝の街に漂う重い空気を報告しました。
トニーさんは次のように話しています。
「これまでも何度もロケット攻撃を経験してきました。今は通りから人が消え、みんな深く不安を抱えています。最善の結果を願いつつ、どんな事態にも備えようとしています。」
「最善を願い、最悪に備える」市民の心理
短いコメントの中には、ハイファの人びとが置かれている現実が凝縮されています。ロケットやミサイル攻撃が日常の一部となってしまった街では、次のような感情が複雑に入り混じっています。
- 再び攻撃を受けるのではないかという恐怖
- いつ終わるのか見通せないことへの不安
- 避難行動や備蓄など、日常的な「備え」を強いられる緊張感
トニーさんの「通りが空っぽ」という表現は、単に人影が少ないという状況以上のものを示しています。人びとが外出を控え、自宅でニュースや最新の情報に神経をとがらせている姿が透けて見えるようです。
数字の裏にある「生活」を想像する
国際ニュースでは、「200カ所以上」「数百発」「死者3人」というように、数字が注目されがちです。しかし、その背後には、それぞれの街で暮らす人びとの生活や感情があります。ハイファの空っぽの通りは、統計には表れない不安と疲労を物語っています。
今回の空爆と報復攻撃は、イスラエルとイランの対立がどこまでエスカレートするのかという不安を、地域全体に広げました。同時に、遠く離れた場所で暮らす私たちに対しても、「ニュースの向こう側にいる人」をどう想像するかという問いを投げかけています。
日本の私たちにとっての意味
日本から見ると、中東の軍事衝突は地理的にも心理的にも遠い出来事に感じられがちです。それでも、ハイファからのリポートは、次のような点で考えるきっかけを与えてくれます。
- 軍事行動のニュースを「国家間の動き」としてだけでなく、「そこで暮らす人びとの日常の変化」としても捉えること
- エスカレーション(報復の連鎖)が始まると、制御が難しくなることへの想像力を持つこと
- 自分が情報を受け取るとき、どの視点が欠けているのかを意識すること
2025年6月にハイファで取材にあたったトニーさんの言葉、「最善を願い、最悪に備える」は、不安定な国際情勢の中で生きる多くの人びとに共通する心境かもしれません。遠くの出来事として片づけず、その現場にいる人の目線からニュースを読み直すことが、これからの国際ニュースとの付き合い方として求められているのではないでしょうか。
Reference(s):
Stringer Dispatch: Tension fills the air in Haifa after strikes
cgtn.com








