テヘラン市民のいま:米国・イスラエル・イラン応酬の陰で続く日常 video poster
軍事応酬の陰で見えにくい「ふつうの生活」
米国・イスラエル・イランの軍事的緊張が一気に高まる中、テヘランの「ふつうの人々」の暮らしにも変化が出ています。国際ニュースではミサイルや空爆が繰り返し伝えられますが、その陰で街の空気や市民の日常はどうなっているのでしょうか。現地からの映像を手掛かりに、市民生活の一端を追います。
何が起きたのか:米国空爆からイスラエルの攻撃まで
今回の緊張のエスカレーションは、短い時間の中で連鎖的に起きています。
- まず、米国がイランの核施設に対して大規模な空爆を実施しました。
- その翌日、イランは報復としてミサイルと無人機(ドローン)による一斉攻撃を行いました。
- さらにその翌日の月曜日、イスラエルがテヘランのイラン政府関連施設を標的に攻撃しました。
各国の軍事行動は、外交や安全保障の文脈で語られがちですが、その直下にはテヘランで暮らす多くの人々の生活があります。
地下鉄駅近くのタクシー乗り場:人影まばらな朝
中国の国際メディアであるCGTNのストリンガー(フリーの現地映像記者)は、テヘラン市内の様子を撮影しました。映像の一つに映っているのは、地下鉄駅近くのタクシー乗り場です。
ふだんは通勤客などでにぎわうはずの場所が、今はほとんど人影がなく、「通常の3割未満」の利用状況だとされています。タクシーは並んでいるものの、乗り込む人はわずか。待機する運転手たちは、行き先を告げる乗客をじっと待つばかりに見えます。
こうした光景からは、次のような市民心理が透けて見えます。
- 外出や通勤を控えようとする動き
- 公共交通機関の運行状況や安全性への不安
- 「移動すること」自体に伴うリスクの再認識
ニュースで語られる空爆やミサイル攻撃は、結果として「街から人を消す」形で市民生活に影響を及ぼしているといえます。
バザールで起きた「その瞬間」:日常と非常事態が交差する
ストリンガーは、かつてテヘランでもっともにぎわっていた買い物の中心地の一つとされるバザールも訪れました。衣料品や日用品、食料を求める人々が集まり、街のエネルギーが凝縮される場所です。
その撮影中、偶然にもイスラエルによる攻撃の瞬間がカメラに収められました。買い物客が品物を手に取り、店主が値段を告げる、ごく日常的な風景。その背後で、突然の攻撃という非常事態が重なります。
映像の断片からは、具体的な被害の全容までは分かりませんが、次のような緊張感が伝わってきます。
- 表面的には日常が続いていても、人々の表情ににじむ警戒心
- 「いつ、どこで」攻撃が起きるか分からないという不確実性
- 商売を続けるか、安全を優先するかという日々の判断
バザールは単なる買い物の場ではなく、人が集まり、会話が生まれる社会生活の中心です。そこに攻撃の瞬間が重なることは、市民の心に長く残る経験になりえます。
壊れた建物と静まり返る街並みが語るもの
ストリンガーの映像には、損傷した建物や、外壁が崩れたように見える構造物も映っていました。割れた窓ガラスや、落ちた破片は、攻撃が「遠くの話」ではなく、具体的な生活空間の中で起きていることを示しています。
こうした光景から、次のような影響が浮かび上がります。
- 物理的な被害:建物の損壊は、住まいや職場が一瞬で機能を失いうる現実を伝えます。
- 心理的な影響:目に見えない不安や緊張が、外出控えや人通りの減少となって街の静けさに表れます。
- 日常感覚の変容:見慣れた風景が変わってしまうことで、「安全だったはずの場所」への感覚が揺さぶられます。
壊れた建物と、ほとんど人がいない公共空間。そのコントラストは、軍事行動の重さを、市民目線で可視化しています。
ニュースの「向こう側」にいる人たちを想像する
米国、イスラエル、イランという国家名が並ぶと、どうしても軍事や外交の話題に意識が向きます。しかし、そのニュースの「向こう側」には、それぞれの場所で日常を続けようとする人たちがいます。
タクシー運転手、地下鉄で通勤する会社員、バザールの店主や買い物客。彼らにとって攻撃は、ニュース速報のテロップで流れる出来事であると同時に、「自分が今いる街の空が突然変わる瞬間」でもあります。
国際ニュースを日本語で追う私たちにできるのは、各国の発表や軍事分析だけでなく、その下で暮らす市民の視点を意識的に想像してみることです。それは、世界を一面的な「勝ち負け」や「善悪」だけで見ないための、小さな一歩でもあります。
なぜ「市民の日常」に目を向ける必要があるのか
今回のテヘランの映像は、次のような問いを私たちに投げかけています。
- 軍事的な報復の連鎖の中で、最も大きな影響を受けるのは誰なのか。
- 「安全保障」という名の下に行われる決定が、現地の人々の生活にどう届いているのか。
- 遠く離れた場所で起きる出来事を、自分の価値観や日常とどう結びつけて理解するのか。
映像を通じて市民の日常を見つめることは、単なる同情や消費的な「悲劇のストーリー」を追うためではありません。国際ニュースを立体的に捉え、複数の視点から考えるための手がかりになります。
これから注視したいポイント
今後も、米国・イスラエル・イランの軍事的な動きだけでなく、テヘランをはじめとする各地の市民生活の変化に目を向けることが重要です。新たな攻撃や報復が続けば、交通、商業、教育など、日常のあらゆる場面に影響が広がる可能性があります。
タクシー乗り場の静けさや、バザールで起きた攻撃の瞬間といった断片的な映像は、ニュースの見方を問い直す材料にもなります。画面の向こうにいる人たちの生活を思い浮かべながら、国際ニュースを読み解いていく視点が、これから一層求められていきそうです。
Reference(s):
cgtn.com








