ドイツ市民はGPT-5をどう見ている?最新AIへの期待と不安 video poster
2025年8月に公開された最新の人工知能GPT-5をめぐって、ドイツ・ケルンの人びとは何を感じているのでしょうか。技術が生活を便利にする一方で、仕事やプライバシーへの影響をどう受け止めているのか、街の声から見えてきます。
GPT-5の登場が映し出す、加速するAI時代
2025年8月7日、OpenAIは看板サービスであるChatGPTの新世代モデルGPT-5を公開しました。このリリースは、人工知能(AI)をめぐる国際的な技術競争が一段と激しくなっていることを象徴する出来事です。
いまやAIは、文章作成や翻訳、情報検索、スケジュール管理など、日常生活のさまざまな場面に入り込みつつあります。その一方で、人びとの受け止め方は分かれています。
- 生活をシンプルにし、生産性を高める便利なツールだと評価する声
- 雇用の置き換え、偽情報(ミスインフォメーション)、倫理面への懸念を抱く声
最新のGPT-5は、こうした期待と不安が交差する中で登場した存在といえます。
ケルンで聞いた「AIへの期待」——知らない世界をのぞく窓
CGTNのストリンガーは、ドイツ西部の都市ケルンの街頭で、GPT-5について市民にインタビューを行いました。ドイツは技術革新に積極的でありながら、規制には慎重な姿勢でも知られており、AIへの視線もバランス志向が強いとされています。
取材では、GPT-5のようなAIを「知らない分野を調べるのに役立つリソース」として捉える声が聞かれました。専門書や論文にアクセスしなくても、まずAIに聞くことで概要をつかめる点を評価する人もいます。
ある住民は、AIについて「良いことも悪いこともできる」としたうえで、次のような趣旨の認識を示しました。
AIは、私たちが下す決断について、より多くの情報を得る助けになる。
この言葉には、AIをまるごと否定するのではなく、ツールとして賢く使いこなそうとする姿勢がにじみます。情報量が膨大で複雑になるなか、AIを「判断の材料を集めるためのパートナー」と見る視点です。
消えない不安——仕事、偽情報、そしてデータプライバシー
一方で、ケルンの街頭からはAIへの懸念もはっきりと聞こえてきます。特に多かったのは次のようなポイントです。
- 仕事がAIに奪われてしまうのではないかという不安
- 偽情報がより巧妙になり、真実との見分けがつきにくくなる懸念
- 倫理的にどこまでAIに任せてよいのかという疑問
ドイツの住民が強く意識しているのが、個人データやプライバシーの問題です。GPT-5のような高度なAIを使う際、自分の入力した情報がどのように扱われるのか、誰がどこまでアクセスできるのかを気にする声が目立ちました。
技術革新に前向きでありながらも、データの扱いには慎重でいたい——そんなドイツらしいスタンスが、今回の街頭インタビューにも表れているといえます。
「便利さ」と「リスク」をどう両立させるか
今回のCGTNストリンガーによる取材から浮かび上がるのは、AIに対するシンプルな「賛成か反対か」という二択ではなく、次のような複雑な感情です。
- 生活を楽にするなら使いたい
- しかし、仕事や情報の信頼性、プライバシーが心配
- だからこそ、仕組みを理解したうえで、慎重に付き合いたい
これはドイツだけでなく、AIを使う世界中の人びとが共有しつつある感覚ともいえます。
冒頭で紹介した住民の「AIは私たちの決断を支える情報を与えてくれる」という視点は、AIを人間の判断を置き換えるものではなく、補う存在として捉えようとする姿勢です。重要なのは、最終的な判断や責任を人間が手放さないことだという含意も読み取れます。
日本の私たちへの問いかけ
ドイツ・ケルンの街角から聞こえてきた声は、日本でAIをどう受け入れていくかを考えるヒントにもなります。最新のGPT-5をめぐる議論は、次のような問いを投げかけています。
- AIに何を任せて、何を自分で判断するのか
- 便利さの代わりに、どこまでデータを預けられるのか
- 仕事や学びのスタイルを、AI時代にどうアップデートするのか
AIが良いか悪いかではなく、「どう付き合うか」を一人ひとりが考える段階に、世界はすでに入りつつあります。GPT-5が象徴する最新の人工知能の動きは、日本にとっても、避けて通れないテーマになりつつあるといえるでしょう。
通勤時間やちょっとしたスキマ時間に、ドイツから届いたこれらの声を一度立ち止まって振り返ってみると、自分なりのAIとの距離感が少し見えてくるかもしれません。
Reference(s):
German residents share their thoughts on latest developments in AI
cgtn.com








