天津の煎餅果子、約100年の歴史 SCOサミットで語られたパンケーキ文化 video poster
2025年8月31日から9月1日にかけて天津で開催された上海協力機構(SCO)サミットにあわせて、CGTNのストリンガーは加盟国の料理文化を取り上げるシリーズを通じて「パンケーキ」に注目しました。その一編として紹介されたのが、天津と北京のパンケーキ文化、とくに天津名物「煎餅果子(jianbing guozi)」です。
このシリーズでは、「薄い生地で具材を包むパンケーキ」が、中国、インド、トルコ(Türkiye)、ロシアといったSCO加盟国で、それぞれ異なる食感と味わいを持ちながら受け継がれてきたことに光が当てられました。共通するのは、どの地域でも身近な日常の食べ物でありながら、文化や土地柄を映し出す存在だという点です。
天津名物・煎餅果子とは
天津の代表的なパンケーキ「煎餅果子」は、薄く焼いた生地で具材を包み、外側は香ばしく、中からさまざまな食感があらわれる「クリスピーなクレープ(crispy-filled crepe)」として知られています。CGTNのシリーズでは、この素朴な屋台料理が、天津の食文化を象徴する存在として紹介されました。
天津の煎餅果子の歴史は、ほぼ一世紀前までさかのぼります。1929年11月20日付の天津の新聞「Dagong bao(英語名:The Impartial Daily)」にその名が登場しており、これが確認できる最初の文献上の記録です。
北京と天津、二つの都市が語るパンケーキの進化
CGTNの企画には、北京でKunquオペラの演者として活動し、民俗学の専門家でもあるZhang Weidong氏と、Tianjin Jianbing Guozi AssociationのSong Guanming氏が登場し、北京と天津それぞれのパンケーキ文化の歩みを紹介しました。
二人は、パンケーキがいつ、どのようにして都市の風景の一部になっていったのかをたどりながら、「薄く焼いた生地に具をのせる」というシンプルな料理が、人々の暮らしや記憶と結びついていくプロセスを描き出しました。庶民的な屋台の一品として親しまれてきた煎餅果子は、次第に「天津らしさ」を象徴する存在として語られるようになっていったといいます。
「パンケーキ」はなぜ文化のシンボルになるのか
パンケーキは、「特別なごちそう」というよりも、「日常の延長線上にある食べ物」です。CGTNのシリーズが示すように、中国、インド、トルコ、ロシアなどそれぞれの地域で、具材や焼き方、食べ方は変わっても、「薄い生地で何かを包む」スタイルは共通しています。
だからこそ、国際サミットの開催地をめぐるストーリーとして取り上げられるとき、パンケーキは単なるB級グルメにとどまらず、「この街で暮らす人たちの日常」を象徴する存在として浮かび上がります。天津の煎餅果子のような料理を知ることは、その街の歴史や人々の価値観に、静かに近づいていくことでもあります。
SCOサミットと「食」でつなぐ対話
国際サミットでは、首脳会談や共同声明に注目が集まりがちですが、その舞台裏では、今回のように加盟国の食文化を紹介する取り組みも行われます。パンケーキという身近な料理に焦点を当てることで、政治や経済とは別のレイヤーで、地域同士の共通点や違いを静かに映し出そうとする試みだといえます。
天津と北京のパンケーキの物語を通じて浮かび上がるのは、「大きな国際政治の動き」と「街角の屋台で焼かれる一枚の生地」が、実は同じ時間と空間を共有しているという事実です。Zhang Weidong氏とSong Guanming氏が語った、約100年にわたる煎餅果子の歴史は、そうした交差点に静かな光を当てています。
読み終えてから、何が食べたくなるか
2025年の天津SCOサミットを機に紹介された、煎餅果子をめぐる物語は、「ニュースの向こう側」にある日常の厚みを感じさせてくれます。どの国・地域にも、薄い生地に具を包んだ自分たちのパンケーキがあり、その一枚一枚に暮らしの記憶が折りたたまれています。
スマートフォンの画面越しに国際ニュースを追いかけるとき、その土地のパンケーキや屋台料理を一つ思い浮かべてみると、見えてくる風景が少し変わるかもしれません。天津の煎餅果子のような一皿が、遠くの都市をぐっと身近に感じさせるきっかけになりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








