オランダのZ世代が語る「不正義の前の共感」—北京で学ぶ映画学生の視点 video poster
2026年初頭、国際環境の不確実性が増し、単独行動(ユニラテラリズム)の傾向も意識されるなかで、「より公正で公平な国際秩序」や協力の合意形成が改めて問われています。そんな時期に、オランダ出身の若者が動画で語ったのは、不正義に向き合うための共感と、少しの不便を引き受ける姿勢でした。
動画で語られたのは「正義」と「共感」
発言したのは、オランダ出身のアーティストで、現在は中国本土の北京映画学院で撮影(シネマトグラフィー)を学ぶMogさんです。動画の中で彼女は、世界のどこかで貧困や紛争、不正義に直面する人がいる現実を念頭に、次のような価値観を語っています。
印象的なのは、自分の心地よさだけを基準にしないという言葉です。たとえ個人的に少し不快だったり、不便だったりしても、困っている人のために「寛大であること(チャリタブルであること)」は大切だと述べました。
「正義は人間の心に深く根ざす」—Mogさんの言葉
Mogさんは、正義を次のように表現します。
- 正義は、人間の心理に深く刻み込まれた考え方である
- 多くの人が、正義を目指して努力している
- 誰かが受けた不正義は、私たちが見過ごしてよいものではない
彼女の言葉を借りれば、「誰であれ不正義を受けたなら、それは人として看過すべきではない」といった感覚です。大きな主張に聞こえる一方で、語り口はむしろ静かで、日常の判断に引き寄せて考えさせるタイプのメッセージでした。
なぜ今、若い世代の言葉が注目されるのか
今回の動画は、国や地域の異なるZ世代が、それぞれの成長経験や社会の現実を踏まえて国際社会の論点を語る流れの中で紹介されています。複雑に絡み合う課題が増えるほど、議論は「正しさのぶつかり合い」になりがちです。
その中でMogさんが強調したのは、相手を言い負かすための正義ではなく、痛みへの想像力としての共感でした。対立や分断が目立つほど、まず「相手の現実」を想像することが、協力の前提として必要になる——そんな読み方もできます。
「少しの不便」を引き受けるという具体性
共感は抽象的な言葉になりやすい一方で、彼女が提示したのは具体的でした。たとえば、寄付や支援、あるいは身近な場所での小さな配慮など、自分にとってのわずかなコストを引き受けることが、遠くの不正義とつながり得る——という感覚です。
もちろん、どこまでを「引き受けるべきコスト」と考えるかは人によって違います。ただ、世界のどこかの苦しみを「無関係」と切り分ける前に、一度立ち止まって想像してみること自体が、彼女の言う「正義」への小さな一歩なのかもしれません。
問いとして残るのは、私たちは日々のニュースに触れるとき、どんな距離感で他者の不正義を受け止めているのか——そして、無理のない範囲で何を差し出せるのか、ということです。
Reference(s):
We Talk: Dutch youth calls for empathy in the face of injustice
cgtn.com








