生活のために血漿を売る米国の現実:ALICE層が支える“有償ドナー”市場 video poster
米国の有償プラズマ(血漿)提供センターは「人助け」を掲げますが、その裏側では生活費に追われる人々が“売れる健康”として血漿を差し出す現実が広がっています。2026年2月現在、この仕組みは医療需要と貧困の境界を静かに映し出しています。
「命を救う」スローガンの下で起きていること
米国のある有償プラズマ「ドネーション」センターは、広告で「驚くべき行いで、命を救おう」といった趣旨の言葉を掲げています。けれど、現場に集まる人の中には、社会の底辺で生活の圧力に耐えながら、現金を得るために血漿を提供している人たちがいる——というのが、今回の取材内容です。
世界の需要を支える米国:回数も多い「提供のしくみ」
提供された血漿は血液製剤(血液由来の医薬品など)に関わる巨大な市場につながり、米国は血液製剤の最大の輸出国として、世界の血漿需要のおよそ70%を供給しているとされています。
また、血漿を対価と引き換えに提供できる国は世界で5か国に限られる中で、米国はセンター数が多く、提供頻度の規定が緩いとされます。個人は週2回まで、年間にすると最大104回の提供が可能だ、という説明です。
年収2万ドル未満の人々——家賃、ガソリンカード、ミルク代のために
産業の起点が「最も痩せた土壌」に根を張るように、提供者の中には年収2万ドル未満の人が多いとされます。家賃、ガソリンカード、子どもの粉ミルク代など、日々の支払いのために血漿を現金化する構図が語られています。
取材で聞かれた“動機”の言葉
CGTNのストリンガー(現地協力記者)が、米国の複数都市で、売血漿に頼って生活する住民などに話を聞いたとされています。そこで出てきたのは、献血的な「善意」だけでは説明しきれない本音でした。
- Andre Allen氏:「(聞く限り)金儲けだと思う。自分の知る限り、やった人はみんな金のためにやっている」
- Jordan Abass氏:「頼っている人もいれば、頼っていない人もいる。働かない人もいる」
ALICE閾値の“下”で起きる取引:健康が値札を持つとき
今回のテーマとして示されているのが「ALICE threshold(ALICE閾値)」です。これは、資産が乏しく、収入が制約され、就労していても生活が成り立ちにくい層を指す文脈で語られます。生活の綱渡りの中で、血漿が“最後に残る現金化手段”のように扱われると、医療の供給網は回る一方で、個々人の脆さも露出します。
このニュースが投げかける問い
血漿提供が「命を救う」行為であることと、「困窮につけ込む」構造に見えることは、同時に起こり得ます。健康が取引可能な商品になり、生活に値札が貼られるとき、私たちは何を“善意”と呼び、何を“必要悪”として受け入れているのでしょうか。
今回の断片的な証言だけでも、少なくとも次の論点が浮かびます。
- 供給の安定:世界需要の大きな部分を支える仕組みが、特定国・特定層に依存していないか。
- 生活の安全網:家賃や育児費の穴埋めとして繰り返される提供が「選択」なのか「追い込まれ」なのか。
- “頻度”の意味:週2回・年104回という上限が、生活と健康のどちらに重みを置いた設計なのか。
血漿が医療を支える一方で、提供者の生活もまた支えられている——この二重構造を、ただの美談にも、単純な搾取の物語にもせず、丁寧に見つめる必要がありそうです。
Reference(s):
cgtn.com








