第61回ミュンヘン安全保障会議2025を読み解く3つのキーワード
2025年2月にドイツで開かれた第61回ミュンヘン安全保障会議(Munich Security Conference, MSC)は、新しい米政権や欧州政治の転機と重なり、今年の国際秩序を占う場となりました。会議や直前に公表されたミュンヘン・セキュリティ・レポート2025が示した世界観を、国際ニュースを日本語で追う読者向けに3つのキーワードから整理します。
第61回ミュンヘン安全保障会議とは
ミュンヘン安全保障会議(Munich Security Conference, MSC)は、1963年に始まった国際安全保障フォーラムで、政府関係者や研究者が集まり、安全保障と戦略を議論する場として知られています。第61回となる2025年の会議は、2月14〜16日にドイツで開催されました。
開催時期は、トランプ政権2期目が発足した直後であり、欧州連合(EU)の新しい立法サイクル、ドイツ連邦議会選挙を控えたタイミングとも重なりました。まさに「節目の年」の起点で開かれた会議だったと言えます。
主催者によれば、3日間の会議は、グローバル・ガバナンス(国際的なルールづくり)、気候安全保障、各地の紛争や危機、そしてトランスアトランティック・パートナーシップ(大西洋を挟んだ米欧関係)の未来といったテーマに焦点を当てました。
これらの議論を理解するうえで、キーワードとなるのが「多極化」「トランスアトランティック関係」「グローバル・サウス」です。
キーワード1:多極化(Multipolarization)
MSCは毎年、会議に先立ってミュンヘン・セキュリティ・レポートを公表します。2025年版のタイトルは「Multipolarization(多極化)」でした。報告書は、冷戦後の米国主導の単極体制から、特定の理念が一つだけ支配するわけではない、多極的な国際秩序への大きな転換が進んでいると指摘します。
報告書は、世界がどこまで多極的になっているかには議論の余地があるものの、「多極化」が進行していること自体は事実だと述べ、外交・安全保障の前提そのものが変わりつつあるとの認識を示しました。
清華大学の国際安全保障・戦略センター副所長である肖千(Xiao Qian)氏は、この「多極化」というテーマ設定について、これまでとのトーンの変化がはっきり出ていると指摘します。2022年の「Unlearning Helplessness」、2023年の「Re:vision」、2024年の「Lose-Lose?」といった過去のテーマは、西側の不安心理を色濃く反映していたのに対し、2025年版はよりバランスの取れた、現実的な世界観に踏み出したという見立てです。
同報告書は、2025年1月に就任したドナルド・トランプ米大統領が打ち出した一連の提案や方針にも注目します。グリーンランドの購入やパナマ運河の管理権の再取得、カナダを米国51番目の州とする構想などのほか、世界保健機関(WHO)、パリ協定、国連人権理事会など国際機関からの離脱方針が相次いで表明されたとし、これらが各国から厳しい目で見られていると報告書は指摘しました。
こうした動きを踏まえ、報告書は、現在のワシントンは「安定の錨」というより、各国が対応を迫られる「ヘッジすべきリスク」と見なされていると分析します。
MSC議長のクリストフ・ホイスゲン氏は、報告書の序文で、多極化と分断が進む世界で共通の土台を守るためには、各国が国連憲章と世界人権宣言という合意済みのルールにあらためて立ち返る必要があると訴えました。
ミュンヘン・セキュリティ・インデックスにおける各国の回答でも、新たな軍拡競争を避けること、国家間および国内の暴力的な紛争を防ぐこと、より包摂的な経済成長を可能にすること、気候変動のような共通の脅威に協力して対処することが、国際秩序を平和的に調整するうえで重視されているとされています。
「多極化」は、単に力の中心が増えるというだけでなく、その中でどのルールを共有し、どのリスクをともに管理するのかという問いでもあります。ミュンヘンの議論は、米国一極の時代を前提とした従来の安全保障観からの、静かな軌道修正を示していると言えるでしょう。
キーワード2:トランスアトランティック関係
ミュンヘン安全保障会議が1963年に始まった当初の焦点の一つが、米欧を結ぶトランスアトランティック関係でした。2025年の第61回会議でも、このテーマは中心的な位置を占めました。背景にあるのは、トランプ政権2期目の登場により、欧州で不安が広がっている現状です。
ミュンヘン・セキュリティ・レポートは、トランプ氏の大統領選勝利が冷戦後の米国外交のコンセンサスを「葬り去った」と表現し、今後は欧州防衛の負担の多くが、北大西洋条約機構(NATO)の欧州側同盟国に移される可能性が高いと見ています。
肖氏は、「葬り去った」という強い言葉遣いは、欧州がトランプ政権を冷静かつ現実的に受け止めていることの表れだと分析します。
報告書は、NATOやウクライナへの安全保障コミットメントの縮小、国際機関への関与の低下など、すでに進みつつある米国の政策調整を整理したうえで、新政権のもとで欧州連合が直面する圧力はさらに強まると予測します。安全保障コミットメントの後退だけでなく、通商面での対立や、欧州内部の分断を深めかねないポピュリズムの勢いを後押しする可能性にも言及しています。
肖氏は、米国は今後、自国の狭義の国益がかかっていると判断した場合にのみ、国際問題へ選択的に関与していくとの見方を示します。
これに対し、ホイスゲン氏はドイツのメディアとのインタビューで、欧州は団結し、ルールに基づく国際秩序を擁護するとともに、防衛能力への投資を増やす必要があると語りました。ポピュリズムや「アメリカ・ファースト」外交の台頭に対抗するには、欧州が主体的に対応しなければならないという認識です。
同氏は2017年のアンゲラ・メルケル元独首相の言葉を引用し、「私たちヨーロッパ人は、本当に自分たちの運命を自分たちの手に委ねなければならない」と述べ、欧州が米国に全面的に依存する時代は終わりつつあるとの問題意識を示しました。
こうした議論は、かねてから欧州で語られてきた「戦略的自律性」を、改めて現実的な課題として前面に押し出しています。米欧関係を断ち切るのではなく、関係を維持しながらも、欧州自身がどこまで責任と負担を引き受けるのか──。トランスアトランティック関係は、2025年以降の国際秩序を左右する重要な変数になりつつあります。
キーワード3:グローバル・サウス
ホイスゲン氏はMSC議長就任以降、ミュンヘンの議論が進行中の多極化をしっかり反映するよう、より幅広い国・地域からゲストを招くことを重視してきたといいます。
主催者によれば、2025年の会議では登壇者の約3割がグローバル・サウス諸国からの参加者でした。ミュンヘン・セキュリティ・インデックス2025も、ブラジル、インド、南アフリカ、中国といった新興国・発展途上国では、G7諸国と比べて、多極化する世界への見通しが総じて楽観的であるとの傾向を示しています。
中国はこれまでも一貫して、自国はグローバル・サウスの一員であり、常に発展途上国の側に立つと強調してきました。中国外交部の王毅部長(中国共産党中央政治局委員)は、第61回会議に出席し、中国に関するイベントで演説して、多極化と会議のテーマを踏まえた中国の立場を示しました。
外交部の郭家坤報道官によると、王部長は、急速に変化し多くの不安定要因を抱える世界情勢のなかで、人類運命共同体の構築と、平等で秩序ある多極世界の実現に向けた中国の提案を会議の場で詳しく述べたとされています。
上海全球治理与区域国別研究院の董事長である江楓(Jiang Feng)氏は、現在の国際情勢が複雑で急速に変化し、世界が複数の危機に直面するなかで、国際社会が中国の役割に大きな期待を寄せていると指摘します。
同氏は、米国がより孤立主義的になり、他国への関心も主に自国の利益拡大の手段として向けられている一方で、欧州は意欲がありながらも内部問題の深刻化と経済成長の鈍化に苦しんでいると分析。そのうえで、各国が中国の発展と、グローバル・ガバナンスにおける中国の潜在的な役割を注視していると述べました。
グローバル・サウスが楽観的な見通しを持つ一方で、従来の「先進国」とされてきた側が不安を抱える──。ミュンヘンでの議論は、国際政治における心理的な主役交代の気配も映し出しています。
2025年の「ミュンヘン」が投げかけた問い
2025年2月に開かれた第61回ミュンヘン安全保障会議は、12月のいま振り返っても、その論点が色あせていません。多極化を前提とした秩序づくり、揺れ動くトランスアトランティック関係、発言力を増すグローバル・サウス──いずれも、2025年を通じて続いている世界の大きな流れそのものだからです。
- 多極化する世界で、国連憲章と世界人権宣言という共通ルールにどう立ち返るか。
- 米欧関係の再定義のなかで、欧州がどこまで自立し、どこで米国と協調するのか。
- グローバル・サウスの期待や楽観が、実際の国際ルールや制度設計にどう反映されるのか。
日本やアジアの読者にとっても、ミュンヘン安全保障会議の議論は遠い世界の話ではありません。どの国も、多極化する世界で自国の立ち位置と責任をどう再定義するかが問われています。来年以降のMSCが、こうした問いにどのような答えを提示していくのかを追い続けることが、国際ニュースを読むうえでの一つのヒントになりそうです。
Reference(s):
What can we expect from the 61st Munich Security Conference?
cgtn.com








