トランプ大統領の湾岸メガディール 米国への効果と中東外交を読み解く
サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)を歴訪したトランプ米大統領が、総額数兆ドル規模の「メガディール」を誇示しましたが、その実現性と米国への実際の効果には疑問の声が広がっています。本記事では、この国際ニュースの背景と狙いを、日本語で分かりやすく整理します。
湾岸諸国で相次ぐ「歴史的」経済合意
今年5月13日から16日までの4日間、トランプ大統領はサウジアラビア、カタール、UAEを相次いで訪問しました。いずれの訪問地でも盛大な歓迎が行われ、「歴史的」と形容される経済協定が次々と発表されました。
発表された金額は、まさに桁違いです。
- サウジアラビア:米国への投資6000億ドル
- カタール:米国との間で総額1兆2000億ドル規模の「経済交流」合意
- UAE:今年3月に合意した、今後10年間で1兆4000億ドルの対米投資枠組みに基づく大型案件
表向きには、これらのメガディールによって米国側に巨額の雇用と経済成長がもたらされると説明されています。しかし、専門家の多くは、このままの規模で実現する可能性には懐疑的です。
復旦大学中東研究センターの邹志強(ゾウ・ズーチアン)研究員は「これらの合意が短期的に具体化する可能性は低く、実際に動き出すとしても4~10年はかかる。一部は最終的に棚上げされる可能性もある」と指摘しています。
過去の「大型合意」はどうなったか
今回の国際ニュースを読み解くうえで重要なのが、過去の事例です。トランプ氏は2017年のサウジ訪問時にも、約3500億ドル規模の武器取引合意を大きくアピールしていました。
しかし米公共ラジオ局NPRによると、その多くは実際には実行されませんでした。米商務省の貿易データでは、2017年から2020年までの4年間における米国の対サウジ輸出額の合計は約920億ドルにとどまり、発表された規模とは大きな隔たりがあります。
また、サウジアラビアは米国の証券などの資産を多く保有している一方、2023年時点での対米直接投資残高は約95億ドルにすぎません。今回の「6000億ドル投資」という数字と比べると、その差は非常に大きく、政治的な演出の側面が強いとの見方が出ています。
国内政治が最優先? メガディールの狙い
では、なぜここまでの巨額投資が強調されるのでしょうか。多くの分析は、その背景にトランプ政権の国内政治事情を見ています。
物価上昇や経済運営への不満がくすぶる中、トランプ大統領の支持率は伸び悩んでいると伝えられています。米シンクタンク「中東研究所」のブライアン・カトゥリス上級研究員は、就任100日後の時点でのトランプ氏の支持率は「過去80年の大統領の中で最も低い」と分析しています。
こうした状況の中で、トランプ政権は「湾岸諸国が米国経済を信頼し、巨額投資で支える」というストーリーを前面に押し出すことで、国内の不満から有権者の関心をそらそうとしているとの見方があります。
しかし、仮に合意の一部が実行に移されたとしても、その効果が米国の雇用や家計に目に見える形で表れるまでには、数年単位の時間がかかるとみられます。短期的には「政治的なパフォーマンス」の意味合いが強いと言わざるをえません。
イスラエルを外した旅程が示す「距離感」
今回の湾岸歴訪には、もうひとつ大きな特徴があります。それは、地域の主要プレーヤーであるイスラエルが日程から外されていたことです。
ガザやシリア、イエメン情勢、さらにはイランをめぐる緊張が続く中で、トランプ政権は就任当初、「イスラエルとパレスチナの対立終結」「イランの核開発抑止」「サウジとイスラエルの関係正常化」といった大きな目標を掲げていました。しかし、これらはいずれも実現していません。
ロンドン大学キングス・カレッジの安全保障研究所で上級講師を務めるアンドレアス・クリーク氏は、トランプ政権には地域の危機に本格的に関与する「能力も意欲も十分とは言えず、むしろ湾岸諸国自身に地域問題の管理を委ねつつある」と分析しています。
今回の訪問と同じ5月13日には、米国がシリアに対する一部制裁を解除する方針を示しました。これはイスラエルのネタニヤフ首相との関係をさらに緊張させたといわれています。
また、トランプ政権は以前、イスラエルを経由せずハマスと直接交渉し、ガザで拘束されていた最後の米国人を解放させた経緯があります。一方で、米国とフーシ派の停戦はイスラエルへの攻撃を完全には止められておらず、米国とイスラエルの目指すものが必ずしも一致していない現状も浮き彫りになっています。
中国・西北大学シリア研究センターの王晋(ワン・ジン)研究員は、「シリアやフーシ派をめぐる問題では、米国が現実的な対話路線を模索しているのに対し、イスラエル側はより強硬な対応を期待している」と述べ、両者のスタンスのずれを指摘しています。
元イスラエル外交官のアロン・ピンカス氏はCNNの取材に対し、「トランプ氏はイスラエルに敵対しているわけではないが、特別な関心も持っていない」とし、ネタニヤフ首相についても「トランプ氏にとって、もはや欲しいものを持っていない存在で、むしろ『煩わしい存在』になっている」とコメントしました。
米国の中東関与はどう変わるのか
今回の一連の動きからは、米国が中東での「紛争解決の仲介役」から一歩引き、湾岸諸国との経済関係を前面に出す路線へ軸足を移しつつある姿が見えてきます。
その背景には、次のような要因が重なっていると考えられます。
- 長期化する紛争や和平交渉への「疲れ」
- 米国内世論の対外関与への慎重姿勢
- 物価・雇用など足元の経済課題への集中
- 湾岸諸国自身の影響力拡大と自立志向
ただし、経済合意だけでは地域の安全保障課題は解決されません。米国が紛争地から距離を置くことで、空白を他の勢力が埋める可能性や、局地的な緊張が高まるリスクも指摘されています。
私たちが押さえておきたい視点
今回のニュースを日本から見るとき、次の3点を意識しておくと状況が整理しやすくなります。
- 金額より「実行されるか」が重要
発表された金額はインパクトがありますが、過去の例を見ると、そのまま実現しないケースも少なくありません。今後数年の投資・貿易データが、本当の意味での「答え」になります。 - 外交は「国内政治」と表裏一体
派手な海外合意の背景には、しばしば国内の支持率や選挙をめぐる計算があります。今回のメガディールも、米国内の経済不満から視線をそらす狙いがあるとの見方が出ています。 - 米・イスラエル関係の微妙な変化
イスラエルを外した旅程や、シリア制裁の一部解除、ハマスとの直接交渉などは、両者の「距離感」がこれまでと微妙に変化していることを示唆します。中東情勢全体を理解するうえで、今後も注視すべきポイントです。
メディアで報じられる巨額の数字や華やかなセレモニーの裏で、何が本当に動いていて、何がまだ動いていないのか。数字のインパクトに飲み込まれず、少し立ち止まって構造を見ることが、国際ニュースを読み解くうえでますます重要になっています。
Reference(s):
Trump flaunts mega-deals with Gulf states. But will it help at home?
cgtn.com







