イランがIAEA協力を一時停止 米国と西側に圧力をかける計算された一手
2025年6〜7月、イラン議会が国際原子力機関(IAEA)との協力を一時停止する法律を可決・施行しました。米軍による核施設空爆とIAEAの報告書への不信が重なる中、この決定は米国や欧州への強いメッセージであり、同時に核不拡散条約(NPT)の枠内で交渉力を高めるための「計算された一手」として位置付けられています。
今年6〜7月に起きたこと:米軍空爆とIAEA決議
発端は、イランの核施設に対する米軍の空爆でした。フォルドウ、ナタンズ、イスファハンにある核関連施設が攻撃を受け、大きな損傷が出たとされています。行方が不透明な約400キログラムの濃縮ウランの扱いも含め、被害の全体像ははっきりしていません。
ドナルド・トランプ氏は、これらの施設が「完全に破壊された」と主張しましたが、米国メディアは被害は限定的であり、イランには迅速に復旧できる能力があると報じたとされています。イラン側も重大な損傷を認めつつ、詳細は明らかにしていません。
こうした緊張が高まる中、IAEA理事会はイランに対する決議を採択しました。その翌日である6月13日、イスラエルはイランの民間・軍事・核関連の標的に対して大規模な攻撃を開始し、イランの核計画がテルアビブへの脅威になっていると主張しました。
ところが、攻撃開始から数日後、IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は「イランによる核兵器開発の体系的な取り組みを示す証拠はない」と述べました。イラン側の見方によれば、このポイントが最初の報告書に盛り込まれていれば、イスラエルによる開戦は回避できた可能性があったとされます。
この「遅すぎる認定」に対し、イラン外務省の報道官エスマイル・バーガイー氏はX上でグロッシ氏を名指しで批判しました。バーガイー氏は、事務局長がこの事実をあえて報告書から外し、その偏った内容が欧州3カ国と米国による対イラン決議に利用されたと非難しています。
IAEA協力停止法の中身:一時的な「てこ」として
米軍の核施設空爆から4日後の2025年6月25日、イラン議会はIAEAとの協力を停止する法案を圧倒的多数で可決しました。法案はすぐに護憲評議会に送られ、7月2日にマスード・ペゼシュキアン大統領が署名し、正式な法律として発効しました。
「終了」ではなく「一時停止」
注目すべきなのは、この法律が「査察の終了」ではなく「査察の一時停止」と表現している点です。イラン側は、IAEAとの協力を恒久的に断つのではなく、条件付きで再開の余地を残しています。
査察再開の条件を明文化
法律は、IAEA査察官がイランの核施設に戻るための条件を明確に定めています。その主なポイントは次の2点です。
- イランの主権と領土的一体性、そして核施設と核科学者の安全が、国連憲章の枠組みに基づき完全に確保されていること。この判断はイランの最高国家安全保障会議(SNSC)が行う。
- 核不拡散条約(NPT)第4条に明記された権利、特に国内でのウラン濃縮を含む平和利用の権利が、例外なく全面的に認められること。これも最終的には最高国家安全保障会議が判断する。
つまり、IAEA査察の再開時期を決める最終的な権限は、イランの最高国家安全保障会議にあります。イラン側は、IAEAとの協力継続を国際機関の自動的な権利ではなく、自国の主権的判断に基づく政治カードとして位置付け直した格好です。
なぜ今、IAEAとの協力を止めるのか:イランの計算
イランは、IAEAが理事会に提出した報告書を「非現実的で不完全」だと批判し、その報告書が対イラン決議とイスラエルの攻撃につながる道を開いたと見ています。皮肉にも、こうした経緯が、IAEAとの「任意の協力」を少なくとも一時的に停止する政治的な余地をイランに与えた形になりました。
IAEAの査察官が不在で監視カメラも稼働していない状況は、イランにとって二つの意味を持つとされています。
- 米軍とイスラエルの攻撃で受けた核施設の損傷を、外部の監視なしに迅速に復旧できる時間を確保できる。
- IAEAとの協力停止そのものを、欧州や米国に対する圧力手段として活用できる。
欧州の「スナップバック」牽制と米国へのメッセージ
イラン側は、この法律をとくに欧州側への牽制として位置付けています。欧州の関係国が、いわゆるスナップバック(制裁復活)メカニズムの発動に踏み切るのを思いとどまらせるための政治的レバーとして機能させようとしているのです。
さらに重要なのは、米軍の核施設攻撃が行われた時期です。イランと米国の間では核問題に関する交渉が進行中でしたが、その最中に空爆が決行されました。そのため、イランが今後、交渉の再開を拒んだり、無期限に先送りしたりしても、「外交の道を閉ざしたのは違法な攻撃を行った米国の側だ」という主張が成り立つ、というのがイランのロジックです。
NPT体制との関係:離脱ではなく交渉カード強化
今回の法律は、イランが核不拡散条約(NPT)から離脱する、あるいは義務を放棄することを意味してはいません。イランは依然としてNPT加盟国であり、不拡散義務を守り続けるとしています。
イランの核政策の中心には、「核兵器の保有ではなく、平和目的の核技術利用の権利は守る」という一貫した立場があると説明されています。そのうえで、外部からの圧力に対抗するために、利用可能なあらゆる政治的手段を使うというのが今回の決定です。
西側に求めるもの:平和利用の権利の正式な承認
イラン側の理解では、今回の協力停止法は、西側諸国、特に米国に対し、NPTの枠組みの中でイランの「正当な核の権利」を正式に認めさせるための戦略的な道具です。
具体的には、NPT第4条が認める平和利用の権利、すなわち原子力発電など民生目的の核技術と、それに必要なウラン濃縮能力を、イラン固有の権利として明確に承認することを求めています。
イランは、IAEAとの協力を一時停止しながらも、NPTの不拡散義務には技術的に引き続き従うことで、交渉の場ではむしろ立場を強める効果を狙っているといえます。
監視の空白が突きつける問い
IAEAの現場査察が止まり、監視カメラも動かない状況は、イランにとっては交渉カードとなる一方で、国際社会にとっては不透明感を高める要因にもなります。
イランは、自らの主権と安全保障、そしてNPTの下で認められた権利を守るための「計算された対応」だと位置付けていますが、監視の空白が長引けば、疑念や不信が蓄積するリスクも避けられません。
IAEAとの協力再開の条件をどのタイミングで満たしたと判断するのか。西側、とりわけ米国と欧州が、イランの権利と安全保障上の懸念にどこまで応じるのか。2025年の決定は、今後の核交渉と中東情勢の行方を占う重要な試金石となりそうです。
Reference(s):
Iran's calculated response: A strategic lever to compel U.S., West
cgtn.com








