古典学はなぜ今も意味を持つのか 世界古典学会議と文化交流の力 video poster
古典学や古典芸術は、現代社会にどんな意味があるのでしょうか。2025年に開催されたWorld Conference of Classics(世界古典学会議)では、ギリシャの University of Crete の准教授である Athina Kavoulaki 氏が、古典学が現代社会を理解し、今日の課題に向き合うための重要な手がかりになりうるという視点を共有しました。本記事では、この国際ニュースを手がかりに、古典学と文化交流が私たちの日常にどのようにつながっているのかを考えます。
世界古典学会議で浮かび上がったテーマ
World Conference of Classics は、古代ギリシャやローマをはじめとする古典の文学、芸術、歴史、哲学などを研究する専門家が世界各地から集まる国際会議です。2025年の会議では、古典学や古典芸術を過去の遺産として保存するだけでなく、現代の社会問題とどう結びつけるかが重要な論点として取り上げられました。
参加者たちは、格差や紛争、気候変動、社会の分断など、今日の課題に向き合うとき、古代のテキストや芸術作品から何を学べるのかを議論しました。古典に描かれた人間の感情や葛藤は、時代や地域を超えて通じ合うものが多く、それが文化交流の共通言語になりうるという認識が共有されたといえます。
ギリシャの研究者 Athina Kavoulaki 氏の視点
Athina Kavoulaki 氏は、ギリシャの University of Crete で古典学を教える准教授です。今回の世界古典学会議に参加し、古典学の研究や教育が現代社会を理解するうえでどのような意味を持つのか、そして古典を通じて今日の問題にどう向き合うことができるのかについて、自身の見解を共有しました。
古代地中海世界の文化を研究してきた立場から、古典は単なる過去の記録ではなく、多様な文化が交わる場で生まれた実践の集積だという点が強調されました。古代の都市や劇場、宗教儀礼などを読み解くことは、異なる背景を持つ人々がどのように共存し、ときに対立し、協力してきたのかを理解する手がかりになります。この視点は、グローバル化が進む現在の社会で、他者との共生を考えるうえでも重要だといえます。
古典学は現代社会にどう役立つのか
古典学が今も意味を持つとされる理由を、今回の議論を手がかりに大きく三つに整理してみます。
- 長い時間軸から社会を見直す — 古典時代から現代までの数千年の変化を見ることで、私たちが当然だと思っている価値観や制度も、歴史的に作られたものにすぎないことが見えてきます。短期的なニュースだけでは見えない構造的な課題をとらえるヒントになります。
- 異文化理解と対話の土台をつくる — 古典文学や古典芸術には、別の言語や宗教、生活様式をもつ人々の世界観が凝縮されています。それらを丁寧に読み解き、翻訳し合うことは、現代の国際社会で対話の前提となる相手の前提を知る作業そのものです。
- 批判的思考と想像力を鍛える — 古典作品の多くは、一つの正解を提示するのではなく、読者に解釈をゆだねます。登場人物の選択や悲劇的な結末をどう受け止めるかを考える過程で、異なる立場を想像し、自分の価値観を問い直す力が育まれます。
文化交流が古典芸術を自分ごとに変える
古典芸術の魅力が現在に引き出されるのは、学問としての古典学だけでなく、国や地域を越えた文化交流が重なり合うときです。古代の戯曲や詩が、現代の劇場や教室、オンライン空間で新たな解釈とともに語られることで、遠い過去の物語がいまここにある問題に引き寄せられます。
例えば、古代悲劇は、ある場所では戦争や暴力の記憶を語り継ぐ手段として、別の地域では移住や社会的不平等を考えるための素材として上演されることがあります。同じテキストでも、読む人や上演する人の経験によって意味が変わるからです。こうした再解釈のプロセスそのものが、文化交流の大きな意義だといえるでしょう。
世界古典学会議のような国際的な場で研究者が集まり、それぞれの地域社会で古典がどのように読まれ、使われているかを共有することは、古典芸術のグローバルな生命を確認する作業でもあります。古典は閉じた遺産ではなく、対話を通じて更新され続ける生きた文化だという見方が広がりつつあります。
日本の読者への小さな問いかけ
多くの国で、人文科学や古典学の役に立ち方が問われています。実用性が重視されがちな時代だからこそ、世界各地の研究者が古典学の意義をあらためて議論しているというニュースは、日本に暮らす私たちにとっても考えるきっかけになります。
もし次に古典文学の一節や古代の彫像、歴史書の一場面に出会ったとき、これは現代社会のどんな問題とつながるだろう、別の文化圏の人はどう読むだろうと一度立ち止まって想像してみると、日々のニュースの見え方も少し変わってくるかもしれません。
Athina Kavoulaki 氏が参加した世界古典学会議での議論は、古典学や古典芸術を、テストや資格とは離れた場所で考えるための道具として捉え直す動きの一端を示しています。古いテキストを読み解くことが、分断を越えて対話するための準備運動になるとすれば、古典学はこれからの国際社会にとっても、静かだが確かな意味を持ち続けると言えそうです。
Reference(s):
cgtn.com








