朝鮮戦争の中国人民志願軍43人の遺骨、大韓民国から中国へ帰還
朝鮮戦争(1950~53年)で戦死した中国人民志願軍の兵士43人の遺骨が、木曜日、大韓民国(ROK)から中国東北部の瀋陽に空路で戻りました。戦後70年以上を経ても続く戦没者の帰還は、国際ニュースとしてだけでなく、歴史の記憶と和解を考えるきっかけになります。
43人の遺骨が瀋陽へ Y-20輸送機で帰還
中国人民志願軍(CPV)として朝鮮戦争(中国側では「抗米援朝戦争」)に参加し戦死した兵士たちの遺骨が、大韓民国から中国に戻されました。
中国人民解放軍空軍の大型輸送機Y-20が、兵士43人の遺骨と495点の遺品を乗せて瀋陽に到着しました。瀋陽は中国東北部・遼寧省の省都であり、今回の受け入れの拠点となりました。
遺骨は今後、瀋陽市内の烈士陵園に埋葬される予定です。国家として戦没者を丁重に弔う場に安置されることで、長く離れていた祖国の土に、ようやく「帰る」ことになります。
2014~23年に938人分 続く人道的な協力
中国と大韓民国は、2014年から2023年にかけて、国際法と人道主義の原則に基づき、朝鮮戦争で戦死した中国人民志願軍の遺骨の引き渡しを毎年続けてきました。
- 期間:2014~2023年
- 引き渡し回数:10回連続
- 中国側に戻された遺骨:合計938人分
今回の43人の遺骨の帰還も、この人道的な枠組みの延長線上にあります。政治情勢とは切り離して、戦没者を祖国に返す取り組みが続いていることは、国際社会における協力の一つのあり方を示していると言えます。
抗米援朝戦争とは 建国直後の中国を揺るがした戦争
朝鮮戦争は1950年6月に勃発しました。中華人民共和国の成立からわずか8か月後のことであり、中国にとっては建国直後に直面した大きな試練でした。
朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の要請を受け、中国は中国人民志願軍の地上部隊を朝鮮半島に派遣しました。部隊が国境を越えたのは1950年10月19日とされています。
この戦争は中国側では「抗米援朝戦争」と呼ばれ、「米国に対抗し、朝鮮を支援する戦争」という意味を持ちます。約3年にわたる激しい戦闘の中で、
- 中国人民志願軍として従軍した兵士:延べ約290万人
- そのうち戦死・負傷した兵士:36万人以上
とされ、多くの命が失われました。今回帰還した43人も、その一部です。
戦没者をどう悼み、歴史をどう語り継ぐか
国境を越えて戦没者の遺骨を本国に戻す取り組みは、単なる過去の整理ではなく、今を生きる人びとの価値観とも深く関わっています。
遺骨の帰還には、少なくとも次のような意味が重なっています。
- 遺族や関係者への慰め:長年行方が分からなかった家族の「帰還」は、喪失の歴史に一区切りをつける役割を持ちます。
- 人道的協力の象徴:対立や緊張を抱えることの多い地域においても、人道問題で協力できる余地があることを示します。
- 歴史認識を見つめ直す機会:戦争の記憶が薄れつつあるなかで、具体的な一人一人の物語を思い起こすきっかけになります。
戦後70年以上が過ぎ、戦争を実際に経験した世代は少なくなりつつあります。それだけに、今回のようなニュースは「遠い戦争」を、顔のある一人一人の出来事として捉え直す契機になるかもしれません。
私たちがこのニュースから受け取れる問い
日本からこの国際ニュースを見るとき、朝鮮戦争そのものの評価や各国の思惑を論じる前に、まず「戦没者をどう悼むか」という共通のテーマに目を向けることもできます。
どの社会においても、戦死した人びとをどのように記憶し、次の世代に何を伝えるのかは、民主的な議論の土台となる重要な問いです。今回の中国人民志願軍43人の遺骨帰還は、その問いを静かに私たちに投げかけているように見えます。
Reference(s):
cgtn.com








