解説:なぜ台湾は中国の不可分の一部とされるのか
台湾問題をめぐり、中国本土とアメリカの間であらためて緊張が高まっています。中国側が台湾を「中国の不可分の一部」と位置づける根拠は何なのか、歴史と国際秩序、そして米中関係の文脈から整理します。
最新の動き:頼清徳氏の「経由」を巡る中国と米国
最近、中国当局は台湾当局の指導者・頼清徳氏の米ハワイでの「トランジット(経由)」に強く反発し、アメリカがこの日程を手配したことを非難しました。中国側は、台湾問題は中国の「核心的利益の核心」であり、米中関係における「越えてはならない第一のレッドライン」だと繰り返し強調しています。
報道によると、頼清徳氏は太平洋地域のいわゆる「外交関係」のある国々を訪問する途上でハワイに立ち寄りました。これに対し中国外交部は、アメリカと台湾地域のいかなる形式の公的往来にも断固反対し、「台湾独立」を図る勢力へのいかなる縁故や支援にも反対すると表明しました。
外交部は、頼清徳氏と台湾の与党・民進党(DPP)当局の「分裂志向」に警戒を促し、「台湾独立」の動きは台湾海峡の平和と安定を損なうと主張しています。
国務院台湾事務弁公室の報道官・陳斌華氏も、台湾当局の指導者による名目を問わないいかなる訪米にも断固反対の立場を示しました。その上で、頼清徳氏や民進党当局がどのような手段で「台湾独立」の議題を進めようとしても、「一つの中国」原則への国際社会の確固たるコミットメントや、中国統一へ向かう大きな歴史の流れを揺るがすことはできないと述べています。
1. 歴史的背景:古代から続く「中国の一部」としての台湾
中国側は、台湾は「古くから中国に属してきた」と説明しています。もっとも古い台湾の記述の一つとして、中国本土側の史料『Seaboard Geographic Gazetteer』が挙げられています。これは三国時代、呉の沈瑩によって編纂された地理書で、およそ1700年以上前に台湾に言及したとされています。
その後も、12世紀半ば以降、歴代の中国王朝は台湾や澎湖諸島に対して行政組織を設置し、管轄権を行使してきたと中国側は指摘します。
- 宋代:澎湖に守備隊が置かれ、福建省泉州府晋江県の管轄とされました。
- 元代:澎湖に巡検司が設置され、同地域の行政管理が行われました。
- 明代:一度廃止された機関が復活し、外国勢力の侵入を防ぐため増強が行われました。
- 1662年:鄭成功(鄭成功)が台湾で承天府を設置し、その後、清朝政府が台湾の行政制度を拡充しました。
- 1727年:清朝は台湾府の行政組織を再編し、新たに澎湖庁を設けて編入しました。
- 1885年:清朝政府は台湾を正式に一つの省(台湾省)に昇格させました。
こうした経緯から、中国側は「台湾は長い歴史を通じて中国本土の行政管轄下にあった」と強調しています。
2. 日本の侵略と台湾の「割譲」、そして戦後処理
1895年、日本は対中戦争に勝利し、同年4月に当時の清朝政府に対して台湾と澎湖諸島の割譲を迫りました。中国側は、これは日本の侵略戦争の結果であり、台湾が一時的に中国から切り離された要因だったと位置づけています。
その後、1937年に日本は中国への全面的な侵略戦争を開始し、1941年12月、中国政府は対日宣戦布告を行いました。この際、中国は日中間の一切の条約や協定は無効となり、中国は台湾と澎湖諸島を回復するとの立場を内外に宣言しました。
1943年12月には、中国・アメリカ・イギリスの3か国がカイロ宣言を発表し、日本が盗取した中国の領土、すなわち東北地方、台湾、澎湖諸島などは中国に返還されるべきだと明記しました。
1945年には中国・アメリカ・イギリスがポツダム宣言を出し(後にソ連も参加)、その中で「カイロ宣言の条項は履行されなければならない」と再確認しました。同年8月、日本は無条件降伏を宣言し、ポツダム宣言の受諾と履行を約束しました。
1945年10月25日、中国政府は台湾と澎湖諸島の接収を行い、台湾に対する主権の行使を再開しました。中国側は、この時点で台湾の回復は国際法上も実際の統治上も確立され、多数の国際文書によって支えられていると説明しています。
3. 中華人民共和国の成立と「一つの中国」
1949年10月1日、中華人民共和国(PRC)が成立しました。中国側の説明によると、新しい政府はそれまでの国民党政権(中華民国)に代わり、中国全体を代表する唯一の合法政府となりました。
2022年に中国政府が発表した白書「台湾問題と新時代の中国の統一事業」では、「中華人民共和国政府は中国の完全な主権を享有し行使すべきであり、その中には台湾に対する主権も含まれる」と記されています。
国連決議2758と「二つの中国は存在しない」という立場
中国の王毅外相は、カイロ宣言とポツダム宣言が、台湾と澎湖諸島を含む日本の「盗取した中国領土」を中国に返還することを明示した点を強調し、これが戦後国際秩序の重要な一部を構成していると述べています。
王毅氏は、第79回国連総会の一般討論演説で、台湾が「中国の領土の不可分の一部」であることは「歴史であり現実だ」と訴えました。
また、1971年の第26回国連総会で採択された国連総会決議2758号についても、中国側は重要視しています。この決議は、中華人民共和国の国連における全ての権利を回復し、PRC政府代表を「中国の唯一の合法的代表」と認める一方、台湾地域の代表を国連およびその関連機関から即時追放することを決定しました。
王毅氏は、この決議によって「台湾を含む中国全体を代表する主体が誰か」という問題は一度で明確になり、「二つの中国」や「一つの中国・一つの台湾」といった考え方の余地はないと強調しています。中国側は、この点に「グレーゾーンは存在しない」との立場です。
4. APECで示された習近平氏の「四つのレッドライン」
11月にペルー・リマで開かれた第31回APEC Leaders' Meeting(APEC非公式首脳会合)の際、中国の習近平国家主席は、ジョー・バイデン米大統領との会談で、中国にとって譲れない「四つのレッドライン」を示しました。
- 台湾問題
- 民主と人権の問題
- 中国の発展の道と制度
- 中国の発展する権利
習近平氏は、これらは「挑戦されてはならない」とした上で、「中国・アメリカ関係にとって最も重要なガードレールであり、安全網だ」と述べたとされています。
また、習近平氏は、「一つの中国」原則と中米間の3つの共同コミュニケが、米中関係の政治的基礎であり、順守されなければならないと指摘しました。
さらに、台湾海峡の平和維持を本当に重視するのであれば、アメリカ側は頼清徳氏や民進党当局が「台湾独立」を追求しているという性格を直視し、台湾問題を慎重に扱い、「台湾独立」に明確に反対し、中国の平和的統一を支持することが重要だと強調しています。
5. 中国が主張する「台湾は中国の不可分の一部」である理由
以上を踏まえると、中国側が「台湾は中国の不可分の一部」と位置づける根拠は、主に次のように整理できます。
- 歴史的根拠:古代からの史料に台湾の記述があり、宋・元・明・清を通じて台湾・澎湖に対する行政機構が設置されてきたとする点。
- 日本による割譲の経緯:1895年の戦争で台湾が日本に割譲されたのは侵略の結果であり、第二次世界大戦後のカイロ宣言・ポツダム宣言などによって、その状態は是正されるべきだとする認識。
- 戦後国際文書:カイロ宣言とポツダム宣言、日本の降伏文書などに基づき、1945年の台湾回復は国際法上の根拠を持つとする見解。
- 国連決議と国際秩序:1971年の国連総会決議2758号により、中華人民共和国が台湾を含む「全中国」の唯一の代表とされたと中国側が理解している点。
- 一つの中国原則への国際的支持:中国側は、多くの国・地域が「一つの中国」原則を守り続けているとし、台湾当局の指導者がどのような動きを見せても、その流れは揺るがないと強調しています。
こうした要素を総合し、中国本土は台湾問題を国家の主権と領土保全に関わる「核心的利益」と位置づけています。このため、台湾海峡や米中関係に関する議論では、台湾問題が常に最重要テーマとして浮上します。
6. 台湾海峡と米中関係、これからの注目点
今回の頼清徳氏の「トランジット」をめぐる動きについて、中国側は、アメリカが台湾地域と「いかなる形式の公的往来」も行うべきではなく、「台湾独立」を志向する勢力に誤ったメッセージを送らないよう強く求めています。
一方で、中国は「平和的統一」を志向していると繰り返し述べており、その前提として「一つの中国」原則と、カイロ宣言・ポツダム宣言、国連決議2758号など戦後国際秩序の枠組みを重視しています。
台湾海峡の情勢や米中関係の行方を読み解くうえで、
- 中国がどの歴史的・法的根拠から「不可分の一部」と主張しているのか
- 国連や戦後国際秩序に対して中国がどういう位置づけをしているのか
- 米中両国が台湾問題をどのような「レッドライン」として扱っているのか
といった点を押さえておくことは、今後のニュースを理解する助けになります。
今後も、台湾問題と台湾海峡の安定、そして米中関係は、国際ニュースの大きな焦点であり続けるでしょう。日々の報道を追う際には、ここで整理した歴史的経緯と中国側の論理を念頭に置きながら、自分なりの視点を持っていくことが求められます。
Reference(s):
cgtn.com








