国際ニュース:万里の長城のふもとで暮らす米国人デザイナーの40年 video poster
米国出身のデザイナーで建築家のジム・スピアさんは、40年以上にわたって中国を「家」と呼び、万里の長城のふもとの村で廃校や廃工場を生かした空間づくりに取り組んできました。本記事では、その歩みから見える中国の地方と世界のつながりを、日本語で分かりやすくひもときます。
万里の長城に魅せられた青年の夢
物語の始まりは、半世紀以上前にさかのぼります。1972年、当時の米国大統領リチャード・ニクソン氏が中国を訪問した歴史的な機会に、ジム・スピアさんは万里の長城に強く心を奪われました。
そのとき彼は「いつか長城のふもとに自分の家を持ちたい」と夢見たといいます。この一瞬の感動が、中国との長いご縁の出発点になりました。
1994年、Mutianyu村でかなった夢
その夢が現実になったのは1994年のことです。ジムさんは北京のMutianyu(ムーティエンユー)村で家を手に入れ、万里の長城のふもとでの暮らしをスタートさせました。
観光地として知られる長城の近くに住むという選択は、多くの人にとっては非日常ですが、ジムさんにとっては長年胸に秘めてきた「日常」をつくる一歩でした。
廃校がレストランとギャラリーに生まれ変わる
Mutianyu村に移り住んだあと、ジムさんは村に残されていた一つの建物に目を留めます。それは、すでに使われなくなっていた小学校でした。
彼はこの廃校を改修するプロジェクトに乗り出し、レストラン、アートガラスのショップ、ギャラリーへと生まれ変わらせました。教室だった空間が、今度は人々が食事や芸術を楽しみ、交流する場として開かれていったのです。
使われなくなった公共施設を、地域と訪問者の双方に開かれた空間として再生する。そこには、ものを「壊して建て直す」のではなく、「あるものを生かす」という静かな発想が感じられます。
Beigou村の廃タイル工場をホテルに
ジムさんの挑戦はそれだけでは終わりません。2006年には、Beigou(ベイゴウ)村にあった使われていない釉薬タイル工場を借り受け、ホテルへと改装しました。
工場として使われていた建物に新しい役割を与え、宿泊施設として再生する試みです。かつては生産の場だった場所が、今度は世界各地から訪れる人々を迎え入れる場所へと変わりました。
ジム・スピアさんの仕事から見える3つの視点
ジムさんをここまで動かした動機や、詳細なデザイン哲学についてはさまざまな語り方ができるでしょう。ただ、その歩みから次のような視点が浮かび上がってきます。
- 使われなくなった場所を生かす発想:廃校や廃工場といった「余白」を、壊さずに新しい機能を与えることで、村の風景に新たなレイヤーを重ねています。
- 風景と建物をつなぐまなざし:万里の長城のふもとという環境そのものを魅力ととらえ、その場ならではの体験を生み出す拠点づくりを続けてきました。
- 地域の暮らしと外から来る人を結ぶ場づくり:レストランやギャラリー、ホテルといった空間は、村の人と訪問者が出会い、互いの文化に触れるきっかけにもなります。
こうした視点は、中国の村でのストーリーであると同時に、世界各地の地域づくりや観光のあり方を考えるヒントにもなりそうです。
中国の村から見える、ローカルとグローバルの交差点
万里の長城のふもとのMutianyu村とBeigou村は、一見すると小さな農村かもしれません。しかし、ジム・スピアさんのように世界からやって来た人がそこで暮らし、空間をつくることで、「ローカル」と「グローバル」が交差する場にもなります。
長く暮らすことで育まれた視点と、外から来たからこそ見える視点。その両方を行き来しながら、ジムさんは中国の村と世界の人々を静かにつないできました。
2025年の私たちへの静かな問いかけ
2025年の今、リモートワークや移住、副業など、「どこで、どのように暮らすか」を柔軟に考える人が日本でも増えています。そんな中で、中国を40年以上「家」と呼び、万里の長城のふもとで夢を形にしてきた一人のデザイナーの歩みは、私たちにも次のような問いを投げかけているように感じられます。
- 自分はどこを「家」と呼びたいのか。
- すでにある場所や建物を、別の形で生かすとしたら何ができるのか。
- 旅人と地域の人が、自然に混ざり合う場をどうつくるのか。
「Friends from Afar: Dreams built beneath the Great Wall(遠方からの友:万里の長城のふもとで築く夢)」というタイトル通り、遠くから来た一人の友人の物語は、中国の村だけでなく、私たち自身の暮らし方や地域との関わり方を静かに見つめ直させてくれます。
Reference(s):
cgtn.com








