万里の長城の麓で家を再生する米国人建築家の物語
中国・万里の長城の麓で、ひとりの米国人建築家が廃校や工場をよみがえらせ、村全体の風景を変えてきました。その人物が、デザイナーで建築家のジム・スピアさんです。
万里の長城の麓に「家を持つ」夢を実現
ジム・スピアさんは、いつか中国の万里の長城のすぐ近くに自分の家を持ちたいと夢見ていたといいます。その夢がかなったのは1994年。北京市の慕田峪(ムーティエンユー)村で一軒の家を手に入れ、そこに暮らし始めました。
それ以来、スピアさんはこの村で暮らし続けています。単に別荘として所有するのではなく、地域に根を下ろし、周囲の建物や風景と付き合いながら生活の拠点にしてきました。
廃校をレストランとアートの拠点に
移り住んだ後、スピアさんは村の中に残されていた廃校に目を向けます。かつて子どもたちの声が響いていた小学校は、使われなくなり、放置されたままの状態でした。
スピアさんはこの廃校を大胆にリノベーションし、次のような複合的な拠点へと生まれ変わらせました。
- 食事を楽しめるレストラン
- アートガラスを扱うショップ
- 作品を展示するギャラリー
教育の場だった校舎は、今度は食とアートを通じて人が集まり、交流する場所として機能するようになりました。
廃工場をホテルに変え、村を「必訪スポット」に
スピアさんのリノベーションは、慕田峪村だけにとどまりませんでした。近くの北溝(ベイゴウ)村にあった、使われなくなった琉璃瓦(釉薬タイル)の工場にも手を入れます。
この廃工場は、2006年にホテルとして再生されました。かつて瓦を生産していた建物が、今では宿泊施設として、万里の長城を訪れる旅行者を迎え入れています。
こうした再活用された建物は、多くの来訪者を引き寄せています。慕田峪村と北溝村は、万里の長城観光とセットで訪れたい「必訪の村」として知られるようになりました。
空き家と地域をどう生かすかという問い
ジム・スピアさんの取り組みは、中国の一つの村の物語であると同時に、日本を含む多くの国に共通するテーマも投げかけています。それは「使われなくなった建物や地域を、どう生かし直すか」という問いです。
廃校や廃工場、空き家は、放置しておけば「負の遺産」になりかねません。しかし視点を変え、地域の歴史や景観を大切にしながら新しい用途を与えれば、人を呼び込む資源にもなります。
長期にわたってその土地に暮らしながら、地域の人びとと関係を築き、既存の建物を丁寧に生かしていく——。万里の長城の麓で続くこの試みは、観光とまちづくり、そして国境を越えた交流のあり方を考えるヒントを与えてくれます。
Reference(s):
How a U.S. architect renovated houses beneath the Great Wall in China
cgtn.com








