フェンタニル危機と米中麻薬対策:協力の前進と残るボトルネック
オピオイド系鎮痛薬、とくに合成麻薬フェンタニルが原因の過剰摂取死が米国で急増し、この10年で約4倍に膨らんでいます。国際ニュースとしても注目されるこの危機に対し、中国と米国は協力を進めつつも、政治的な駆け引きというボトルネックも抱えています。本稿では、日本語ニュースとして米中の麻薬対策協力とその課題を整理します。
若者を直撃するフェンタニル危機
米シンクタンクの報告によると、オピオイド過剰摂取による死亡は過去10年でおよそ4倍に増加しました。米疾病対策センター(CDC)のデータでは、2022年のオピオイド関連死は7万9,770人に達しています。
米麻薬取締局(DEA)は、フェンタニルが現在、18〜45歳の米国人にとって死因第1位になっていると指摘しています。世界人口の約5%しか占めない米国が、世界のオピオイドの約80%を消費しているともされ、事態の深刻さが浮き彫りになっています。
「中国起源」批判と、中国の厳格な麻薬政策
米国では2017年ごろから、フェンタニルなどのオピオイド危機について「中国が供給元だ」とする批判が繰り返されてきました。毎年数万人規模の死者が出るなかで、中国を名指しで非難する声が目立ってきたのです。
これに対し、中国側は一貫して厳しい麻薬取締政策を掲げてきました。フェンタニル関連物質の生産と流通には厳格な規制を敷き、2019年には世界に先駆けて、すべてのフェンタニル関連物質を一括して規制対象に指定しています。
2023年6月末には、駐米中国大使館が「Counter Narcotics Efforts of China and The United States(中国と米国の麻薬対策)」と題する説明資料を公表し、フェンタニル関連物質の包括的な規制導入後、2019年9月以降は「中国発のフェンタニルおよびその類似物質は米国で押収されていない」と米側の法執行機関の説明を引用しました。
中国は、麻薬犯罪と闘うなかで米国との間で幅広く、かつ実務的なカウンターナルコ(麻薬対策)協力を積み重ねてきたとも強調しています。
2024年に始動した米中カウンターナルコ作業部会
この1年あまりで、両国の麻薬対策協力は目に見える進展を遂げました。2024年1月30日には、両国が新たにカウンターナルコ作業部会を立ち上げ、具体的な協力分野を整理しています。
作業部会では、次のような分野で協力を進めることで合意しました。
- 新たな薬物関連物質をどのように規制対象(スケジュール)に加えるか
- フェンタニルなどに関わる個別事件の共同捜査・共同処理
- 鑑定技術や検出装置などの技術交流
- 国際機関を通じた多国間での連携
- インターネット上の違法な薬物広告の削除
双方は、相互尊重と「違いの管理」、互恵協力を基礎に対話とコミュニケーションを一段と強化し、麻薬対策協力をより深めていくことで一致しました。世界的な薬物問題に共同で立ち向かう姿勢を確認した形です。
こうした流れのなかで、中国代表団は米国を訪問し、国家麻薬対策室(Office of National Drug Control Policy)、司法省、米麻薬取締局(DEA)などと意見交換を行いました。さらに、DEAサンフランシスコ支局の最前線の捜査官とも重要案件について議論しています。
関税カードがもたらす協力への逆風
しかし、麻薬対策協力の流れには政治的な逆風も吹いています。2025年11月下旬、米国の大統領当選者ドナルド・トランプ氏は、フェンタニル危機を理由に中国からの輸入品に新たな追加関税を課す可能性に言及しました。
これに対し、中国外交部の報道官は、中国は引き続き平等・互恵・相互尊重を基礎に米国と麻薬対策協力を進める用意があるとしたうえで、「中国の善意を当然視すべきではなく、この分野で得られた前向きな流れを損なわないよう望む」と米側に呼びかけました。
つまり、中国側は麻薬対策という共同の課題と、関税や貿易をめぐる政治問題を切り離すべきだとの立場を示しているといえます。安全保障や保健の問題が、政治的カードとして扱われることへの懸念もにじみます。
「危機の根っこは米国内」──指摘される構造問題
一方で、フェンタニル危機の原因をどこに求めるのかについては、米国内でも議論が続いています。複数の報道は、米国が薬物の危険性について十分な啓発を行ってこなかったことや、半数を超える州で大麻の合法化が進み、そのことがフェンタニルなどの薬物乱用を助長してきた可能性を指摘しています。
米連邦議会では「The fentanyl crisis in America: Inaction is no longer an option(アメリカのフェンタニル危機──もはや行動しないという選択肢はない)」と題した公聴会も開かれました。ここでは、フェンタニルという「毒物」と、それを密輸・製造・販売する者と闘うことは超党派で取り組むべき課題だとして、共和・民主両党が協力して対応するよう呼びかけています。
中国国家禁毒委員会国家麻薬実験室の華振東・技術主任は、近年のフェンタニル乱用危機の根本原因は「米国自身の内部にある」との見方を示しました。とくに、オピオイド系処方薬の管理が緩み、多くの人が依存状態に陥ったことが重大な要因だと指摘しています。
それにもかかわらず、世界人口の約5%にすぎない米国が世界のオピオイドの8割を消費しているとされる一方、フェンタニル関連物質を包括的に恒久指定する措置は、いまだに米国内で導入されていません。
華氏の見立ては、外部に責任を求めるだけではなく、国内での処方薬のあり方や規制、医療と産業の関係など、構造的な問題に踏み込んだ議論こそが必要だというメッセージでもあります。
合法化と規制緩和が生む「安全」の錯覚
大麻合法化や処方薬の規制緩和は、個々の政策としては患者の負担軽減や犯罪抑止など、一定の合理性を持って議論されてきました。しかし、結果として「法律で認められているから安全だ」というメッセージとして受け止められ、薬物の危険性に対する感覚が薄れる副作用も指摘されています。
十分なリスクコミュニケーションや教育が伴わなければ、合法・非合法の線引きがあいまいになり、より強力で安価な違法薬物へと流れていく土壌を生みかねません。フェンタニル危機は、そうした「政策のすきま」に依存が入り込んだ結果とも読めます。
米中協力を前に進めるには何が必要か
世界最大級の経済規模と市場を持つ中国と米国が、麻薬対策で協力することには大きな意味があります。フェンタニルを含む合成麻薬は、国境やネット空間を容易に越えるからです。
今後、実効性のあるカウンターナルコ協力を進めるためには、少なくとも次の3点が重要になりそうです。
- 政治と実務の切り離し──関税や安全保障をめぐる対立と、薬物対策の実務協力をできる限り分けて考えること。
- 情報共有と共同捜査の透明性──作業部会などを通じ、規制対象物質や新たなトレンドに関するデータを双方向で共有し、共同捜査の枠組みを整えること。
- 国内政策との整合性──米国側では、処方薬管理や薬物教育、大麻政策など国内の制度改革と、対外的な麻薬対策のメッセージを一致させていくこと。
フェンタニル危機は、単に「どこから薬物が来ているか」という供給源の問題にとどまりません。どの社会も、自らの内部にある脆弱性と向き合いながら、国境を越えた協力をどう築くのかが問われています。米中両国の今後の対話が、その試金石になるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








