北京の胡同から見る春節:毎日が新年になった70年 video poster
中国の春節(旧正月)をめぐる国際ニュースを、日本語で分かりやすくお届けします。北京の胡同で70年以上暮らす一人の男性の物語から、変わる春節と変わらない思いを見ていきます。
北京の胡同で暮らす朱毛金さん
北京の細い路地・胡同(フートン)に、70年あまり暮らしてきた朱毛金(ジュ・マオジン)さんがいます。彼は長年にわたり同じ胡同で暮らし、そのあいだに生活環境は劇的に改善されました。
幼いころ、朱さんの家族は、ぎりぎりの生活を強いられていたといいます。毎日の暮らしだけで精一杯で、ゆとりや楽しみは限られていました。
今では、住まいの環境が整い、日々の暮らしは安定しました。朱さんは「毎日が新年のようだ」と振り返り、かつての苦しい日々を思い出しながら、今の豊かさを静かにかみしめています。
かつての春節:一年でいちばんのごちそうの日
かつての北京の胡同では、春節は一年でいちばんの晴れ舞台でした。朱さんの家族のように、ふだんはほとんど余裕がなく、「春節だけは少し良いものを食べることができる」という家庭も少なくありませんでした。
新しい服を用意できるかどうか、家族全員がそろうかどうかが、その年の春節の印象を左右しました。華やかな飾りつけよりも、まずは食卓に何を並べられるかが大きな関心事だったのです。
今の春節:暮らしは豊かに、それでも特別な時間
長い年月のあいだに、朱さんの住む胡同の生活環境は大きく変わりました。住まいは整えられ、日常の食事もかつてよりずっと豊かになり、買い物や外食も以前より身近なものになりました。
その変化をふまえたうえで、朱さんは「毎日が新年のようだ」と話します。春節のごちそうや華やかな雰囲気は、特別な一日だけのものではなく、日々の暮らしのなかに少しずつ溶け込んできたとも言えます。
とはいえ、春節という節目が消えてしまったわけではありません。カレンダーの赤い印は今も特別で、仕事や学校で離れて暮らす家族が戻ってくるタイミングとして、大切にされ続けています。
春節を春節たらしめるもの:家族の再会への深い思い
朱さんの目に映る春節の本当の意味は、今も昔も「家族の再会への深い思い」です。生活がどれほど豊かになっても、離れて暮らす家族が帰ってくるのを待ちわびる気持ちは変わっていません。
派手な飾りつけや豪華な料理は、春節の雰囲気を盛り上げてくれます。しかし、朱さんにとって本当に大切なのは、同じテーブルを囲み、顔を合わせて笑い合える時間そのものです。
長く同じ胡同に暮らしてきたからこそ、物質的な変化の大きさと、家族を思う感情の変わらなさの両方を、彼は肌で感じてきました。
北京の胡同から見える、中国本土の変化
北京の胡同は、中国本土の変化を象徴する場所でもあります。古い生活のかたちを残しつつ、生活環境が少しずつ整えられてきました。朱さんの70年は、その変化の歴史と重なっています。
春節の過ごし方も、その変化を映す鏡です。かつては生きることに精一杯だった家庭が、今では「どうやって楽しむか」「誰と過ごすか」を考えられるようになりました。暮らしの段階が変わったからこそ、家族との時間の意味が、あらためて浮かび上がってきます。
日本から考える「年中行事」の意味
日本のお正月も、世代とともに姿を変えてきました。豪華なおせちよりも、気の合う家族や友人と過ごす時間を重視する人が増えているのは、中国の春節とどこか通じる変化かもしれません。
北京の一つの胡同で暮らす朱さんの物語は、国や地域をこえて、私たちに問いかけます。自分にとっての「新年らしさ」とは何か。忙しい一年のなかで、本当に大切にしたい時間はどんな時間なのか。
国際ニュースとして春節を眺めるとき、派手な映像や数字だけでなく、一人ひとりの暮らしと感情にも目を向けることで、私たち自身の生活を見つめ直すヒントが見えてきます。
Reference(s):
cgtn.com








