中国AIスタートアップDeepSeek オープンソース戦略が世界を揺らす
創業からまだ2年足らずの中国AIスタートアップDeepSeek(ディープシーク)が、低コストで高性能な推論モデルと大胆なオープンソース戦略によって、2025年の世界のAI業界に大きな波紋を広げています。
今年2月10〜11日にパリで開催されたAI Action Summit 2025を前に、直前の時期にはDeepSeekの最新モデルがグローバル市場に衝撃を与え、中国発のAIソリューションに世界の視線が集まりました。
低コストなのに高性能 推論モデルR1が投げかけた衝撃
テクノロジーニュースを日ごろ追っていない人でも、DeepSeekの名前をどこかで見聞きしたことがあるかもしれません。創業からわずかであるにもかかわらず、同社は最新の推論モデルDeepSeek R1でAI業界に鮮烈なインパクトを与えました。
R1は、ものごとの因果関係をたどって答えを導く推論能力で、米OpenAIのモデルo1と肩を並べると評価されています。注目されるのは、その訓練コストが西側の競合モデルのごく一部にとどまるとされながら、この水準の性能に到達している点です。
さらにDeepSeekを際立たせているのが、徹底したオープンソース方針です。R1を含むモデルを誰でも自由に利用・ダウンロードでき、自分のパソコンやクラウド環境にローカル展開して動かすことも可能です。この一手はテック業界に衝撃を与え、資本市場を揺さぶり、半導体大手NVIDIAの株価をも一時的に動かしたと伝えられました。
春節の主役がAIに 2年連続で変わる中国の雑談
DeepSeekが世界的な注目を集め始めたのは、家族が集まり、軽い話題が交わされるはずの中国の春節(旧正月)期間でした。ところが2025年の春節には、この最先端のAIモデルが伝統的な話題を押しのけ、各地での会話の中心になったといいます。
興味深いのは、同じような現象が前年にも起きていたことです。2024年の春節には、米OpenAIの動画生成モデルSoraが「今年いちばんの技術トピック」として広く話題になりました。2年続けて、中国最大の祭りの時期に、世界のAIニュースが重なったことになります。
DeepSeekは突然現れたわけではない V2・V3から続く積み重ね
もっとも、DeepSeekが「R1でいきなり現れた」わけではありません。業界の内側では、同社の動きを早くから注視する声がありました。ここ数週間の話題は主に、OpenAIのo1に似た推論モデルR1に集中していますが、DeepSeekの真に驚くべき点の多く──とくに極めて低い訓練コスト──は、すでに前年末に発表されたモデルV3の段階から現れていました。
さらにさかのぼると、V3を支える多くの技術的な工夫は、2024年初頭にリリースされたV2で初めて導入されていたとされます。こうした地道な改良の積み重ねがあったからこそ、R1でのブレイクスルーが現実のものになったと見ることができます。
DeepSeekの歩みをざっくり振り返ると、次のようになります。
- 2024年初頭:モデルV2で一連の技術革新を導入
- 2024年末:モデルV3で、極めて低い訓練コストが業界の注目を集める
- 2025年初め:推論特化モデルR1を公開し、世界的な話題となる
R1公開後の数週間で、世界のクラウドサービス事業者は次々とDeepSeekのモデルを自社プラットフォームに組み込もうと動きました。DeepSeekは、中国のAI競争力の高まりを象徴する存在であると同時に、中国国内の大手IT企業にとっても「自分たちの戦略はこれでよいのか」を見直すきっかけとなっています。
なぜ大企業ではなくスタートアップが突破口になったのか
DeepSeekの成功は、中国のテック業界に一つの問いを突き付けました。それは、なぜ最も画期的なAIブレイクスルーが、潤沢な資金と人材を持つ巨大企業ではなく、商業的なプレッシャーの少ない若いスタートアップから生まれたのか、という点です。
DeepSeekは、売上や短期の収益を急いで追うのではなく、創業当初からオープンソースを前提に事業を設計してきました。この選択は、単なる収益構造の違いではなく、同社にとっては戦略そのものだったといいます。
創業者Liang Wenfeng 量的ヘッジファンドからAIスタートアップへ
DeepSeekを率いるのはLiang Wenfeng(リャン・ウェンフォン)氏です。彼が以前立ち上げたHigh-Flyerは、中国でも有数のクオンツ型ヘッジファンド(数理モデルとデータに基づいて自動売買する投資ファンド)として知られています。
High-Flyerの投資戦略は、すべてAIによるアルゴリズムに依拠し、人間のトレーダーは介在しないとされています。こうした経歴によって、Liang氏とそのチームは、AIを抽象的な技術としてではなく、現実のビジネスを動かす中枢システムとして捉える感覚を自然に身につけてきました。
オープンソースは文化であり、最大の「参入障壁」
多くのスタートアップがまず収益化を急ぐなかで、DeepSeekは創業時からオープンソースを選びました。この決断は、外部資本からの独立性を保つためだけでなく、世界中の優秀な技術者を引きつけるための戦略でもあったとLiang氏は語っています。
Liang氏は、破壊的なテクノロジーの時代には「クローズドなモデルによる競争優位は一時的なものにすぎない」と見ています。本当の意味での参入障壁は、チームの成長や技術の蓄積、そして継続的なイノベーションを生み出す企業文化にこそあるという考え方です。
また彼は、優秀なエンジニアにとって「自分たちの技術の上に、他の開発者がさらに何かを積み上げていくことは、大きな喜びになる」とも語っています。オープンソースはビジネス戦略というより、尊敬を獲得し、人材を惹きつけるための文化的な選択だというわけです。
激しい競争が続く現在のAI業界では、大手プレーヤーの中にはかつてのオープン方針からクローズド戦略へと転じる動きも見られます。そうした流れの中で、DeepSeekはむしろオープンさを強め、「短期の収益化よりも、まず強い技術エコシステムを築くことが重要だ」というスタンスを鮮明にしています。オープンソースは、同社にとって技術選択であると同時に、哲学的な選択でもあるのです。
これからのAIビジネスを考えるヒント
DeepSeekの台頭は、中国だけでなく世界のAIエコシステムにとっても、一つの分岐点を示しているように見えます。巨大な閉じたプラットフォームがすべてを独占する未来だけでなく、オープンソースを軸にした多様なプレーヤーの共存モデルが現実味を帯びてきたからです。
とくに、日本を含む各国の開発者や企業にとって、DeepSeekの事例は次のような問いを投げかけています。
- 自社のAI戦略は、どこまでオープンであるべきか
- 短期の収益化と、技術エコシステムづくりのどちらを優先するのか
- 優秀な人材を引きつける企業文化を、どのように設計するのか
次回は、DeepSeekがどのような技術的工夫によって訓練コストを大幅に引き下げ、世界の市場に影響を与えているのかを、できるだけ平易な言葉で解説していきます。
Reference(s):
Catalyst DeepSeek: The Chinese AI startup disrupting the industry
cgtn.com








